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美作市みまさかし

1920年には22の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の美作市になりました。

22町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の美作市

岡山県の北東部にあり、兵庫県と鳥取県に接する市です。市域の大半は丘陵と山林で、県境の中国山地に県内最高峰の後山があります。吉野川など吉井川の支流が流れます。湯郷温泉などの温泉があり、観光業のほか製造業や農業も営まれています。ブドウやモモ、黒大豆、もち麦などが作られています。旧宿場町の大原宿や、国の重要文化財の長福寺三重塔があります。

今の美作市の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,939人です。今の区域で数えた1980年の38,430人とくらべると32.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.9%です。

25,939人人口(2020年)
−32.5%1980年からの増減
429.02km²面積(国土地理院)
60人/km²人口密度
41.9%65歳以上の割合
38,4301980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 48.0%65歳以上 41.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製造業、卸小売業、農業、林業、温泉を生かした観光業が主な産業です。

特産品・名産

  • ブドウピオーネやシャインマスカットなどを作る
  • 黒大豆主な農産品の一つ
  • もち麦キラリモチという品種を作る

見どころ・祭り

  • 大原宿県指定の町並保存地区
  • 長福寺三重塔国の重要文化財
  • 林家住宅国の重要文化財
  • 湯郷温泉市内の温泉地
  • 後山県内最高峰

木ウメ花カタクリ美作市の木・花

美作市のなりたち

美作市(みまさかし)は、岡山県美作の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、22の町村がありました。豊国村・楢原村・湯郷村・林野町・豊田村・粟井村・吉野村・江見村・土居村・福山村・大野村・讃甘村・大吉村・巨勢村・粟広村・梶並村・福本村・河会村・公文村・東粟倉村・大原村・勝田村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の美作市になりました。

今の名前「美作市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの22の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の梶並村が約58km²だったのに対し、今の美作市は約424km²と、およそ7.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は勝田郡・英田郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧楢原村の区域には楢原駅(姫新線)があります。旧林野町の区域には林野駅(姫新線)があります。旧大原村の区域には大原駅(智頭急行 智頭線)があります。

221920年の町村の数
6回合併・編入の回数
429km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「美作市」という名前

「美作」の名は、岡山県北部にあたる旧国名の美作国と同じです。市名の由来を直接示す資料は見つかっていません。1953年(昭和28年)4月1日に、英田郡の林野町・豊田村・楢原村と勝田郡の湯郷町・豊国村が合わさって、英田郡美作町が発足しました。2005年(平成17年)3月31日に、この美作町を含む5町1村が新設合併して、美作市が生まれました。

まちの成り立ち

美作市の区域は、中国山地の南にあり、大半が丘陵と山林です。県境には、県内最高峰の後山があります。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、勝北郡の7村が合わさって勝田村が、吉野郡の江ノ原村・下町村・辻堂村・古町村が合わさって大原村が発足しました。1922年(大正11年)に大原村が、1940年(昭和15年)に勝田村が町制を施行しました。1953年(昭和28年)4月1日、林野町・豊田村・楢原村・湯郷町・豊国村が合わさって、美作町が発足しました。同じ年の9月1日には、江見町・土居町・福山村・粟井村・吉野村が合わさって、作東町が発足しています。1954年(昭和29年)3月25日に大原町が周りの3村と合わさって改めて発足し、1955年(昭和30年)2月1日には福本村と河会村が合わさって英田町が生まれました。2005年(平成17年)3月31日、勝田町・美作町・大原町・作東町・英田町と東粟倉村の5町1村が合併して、美作市が発足しました。この合併の協議には西粟倉村も加わっていましたが、村は合併に加わりませんでした。2025年(令和7年)5月には、市役所が美来地区の新庁舎に移りました。

年表

  1. 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、英田郡に倉敷村・楢原村・江見村・土居村・豊田村・河会村・巨勢村・福本村、吉野郡に大原村・東粟倉村・讃甘村・大野村・大吉村・吉野村・粟井村・粟広村、勝北郡に勝田村・梶並村、勝南郡に湯郷村・豊国村・公文村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年6月17日明治23年英田郡豊田村が分割され、一部に福山村が、残りに改めて豊田村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1896年2月26日明治29年英田郡の倉敷村が町制を施行し、倉敷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1900年4月1日明治33年郡制の施行で英田郡と吉野郡が合わさって英田郡に、勝北郡と勝南郡が合わさって勝田郡になった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1918年4月1日大正7年英田郡の倉敷町が林野町に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  6. 1922年10月1日大正11年英田郡の大原村が町制を施行し、大原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1934年11月28日昭和9年英田郡の江見村が町制を施行し、江見町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1940年11月3日昭和15年勝田郡の勝田村が町制を施行し、勝田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 1949年8月1日昭和24年英田郡の土居村が町制を施行し、土居町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1949年10月1日昭和24年勝田郡の湯郷村が町制を施行し、湯郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  11. 1953年4月1日昭和28年英田郡の林野町・豊田村・楢原村と勝田郡の湯郷町・豊国村が合併し、英田郡美作町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1953年9月1日昭和28年英田郡の江見町・土居町・福山村・粟井村・吉野村が合併し、作東町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 1954年3月25日昭和29年英田郡の大原町・大吉村・大野村・讃甘村が合併し、改めて大原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1954年7月1日昭和29年英田郡巨勢村が分割され、尾谷が福本村、海田・下倉敷が美作町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  15. 1954年11月1日昭和29年英田郡粟広村が分割され、田殿が美作町、長谷内・馬形・宗掛が勝田郡勝田町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  16. 1955年1月1日昭和30年勝田郡の勝田町と梶並村が合併し、改めて勝田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  17. 1955年2月1日昭和30年英田郡の福本村と河会村が合併し、英田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  18. 1956年2月1日昭和31年勝田郡公文村が分割され、下山・城田・中河内・鳥淵・青野が英田町、阿蘇・岩見田が美作町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  19. 2005年3月31日平成17年英田郡の美作町・大原町・作東町・英田町・東粟倉村と勝田郡勝田町が合併し、市制を施行して美作市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.okayama.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

美作町→美作市1953〜今
東粟倉村1889〜2005
大原村→大原町1889〜2005同じ名前の駅:大原駅
大野村1889〜1954
讃甘村1889〜1954
大吉村1889〜1954
勝田村→勝田町1889〜2005
梶並村1889〜1955
粟広村1889〜1954
作東町1953〜2005
粟井村1889〜1953
吉野村1889〜1953
江見村→江見町1889〜1953
土居村→土居町1889〜1953
福山村1890〜1953
英田町1955〜2005
公文村1889〜1956
福本村1889〜1955
河会村1889〜1955
巨勢村1889〜1954
豊国村1889〜1953
楢原村1889〜1953同じ名前の駅:楢原駅
湯郷村→湯郷町1889〜1953
林野町1918〜1953同じ名前の駅:林野駅
豊田村1889〜1953

参考にした資料