今の西粟倉村
岡山県の北東端にあり、兵庫県と鳥取県に接する村です。中国山地の南側にあり、面積の約95%を森林が占めます。吉野川が流れ、冬は雪が多い土地です。智頭急行の駅が二つあり、鳥取方面とつながっています。村が所有者と一緒に山林を管理する「百年の森林」事業で知られ、木材を生かした起業が相次いでいます。温泉や天然林などの自然にも恵まれています。
今の西粟倉村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,398人です。今の区域で数えた1980年の1,923人とくらべると27.3%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.4%です。
主な産業:林業が主な産業です。木材を使った家具や木工品などの会社が村内にあります。
特産品・名産
- スギ・ヒノキの木材村の森林の大半を占める人工林の木材
- 木工・家具間伐材などを使った製品づくりが盛ん
見どころ・祭り
- 若杉天然林森林浴の森100選に選ばれたブナの森
- あわくら温泉村内の温泉。温浴施設や宿泊施設がある
- 志戸坂峠歴史の道百選に選ばれた古い官道
- 粟倉神社村指定天然記念物の大桧がある
木スギ花サツキ鳥ウグイス西粟倉村の木・花・鳥
西粟倉村のなりたち
西粟倉村(にしあわくらそん)は、岡山県美作の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに西粟倉村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は英田郡に属していました。
「西粟倉村」という名前
「西粟倉」という村名の由来は、はっきりしていません。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、筏津村・大茅村・影石村・坂根村・知社村・長尾村の区域が一つになり、吉野郡西粟倉村が発足しました。村内には粟倉神社があり、境内の大桧は村指定の天然記念物の第1号です。
まちの成り立ち
西粟倉村の区域には、筏津・大茅・影石・坂根・知社・長尾の6つの村がありました。1883年(明治16年)に連合戸長役場の制度が始まると、影石村に吉野郡第一部戸長役場が置かれ、影石・坂根・大茅・長尾の4村を受け持ちました。筏津村と知社村は、別の戸長役場の受け持ちでした。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、この6村の区域が一つになり、吉野郡西粟倉村が発足しました。1900年(明治33年)4月1日には吉野郡と英田郡が合わさって英田郡となり、村は英田郡に属しています。平成の大合併では、勝田町・大原町・東粟倉村・美作町・作東町と並んで、美作市になる方向で話が進んでいました。しかし2004年(平成16年)に住民アンケートを行うと、合併に反対する人が約58%を占めました。村は合併協議会から抜けて、単独で続けることにしました。その後は、面積の約95%を占める森林を生かした「百年の森林構想」を2008年に掲げています。林業を軸に、移住者が木工や家具づくりの会社を起こす村として知られるようになりました。
年表
- 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、吉野郡の筏津村・大茅村・影石村・坂根村・知社村・長尾村の区域をもって西粟倉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年4月1日明治33年郡制の施行で吉野郡と英田郡が合わさって英田郡となり、西粟倉村は英田郡の所属となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 2004年西粟倉村が勝英地域合併協議会から脱会し、美作市の合併に加わらないことになった。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。