今の魚沼市
新潟県の南東部にあり、福島県と群馬県に接する市です。越後駒ヶ岳・守門岳・平ヶ岳などの山々に囲まれ、魚野川や只見川が流れ、奥只見湖があります。尾瀬国立公園と越後三山只見国定公園の一部を含みます。冬は雪が深い豪雪地帯で、小出は流雪溝の始まりの地とされます。魚沼産コシヒカリの産地で、市内には酒蔵もあります。
今の魚沼市の区域の人口は、2020年の国勢調査で34,483人です。今の区域で数えた1980年の48,482人とくらべると28.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.6%です。
主な産業:魚沼産コシヒカリの米づくり、酒造り、山菜などの栽培と、製造業が営まれています。
特産品・名産
- 魚沼産コシヒカリ魚野川沿いの水田でつくられる米
- 魚沼健康豚広神地区で育てられる豚
- 魚沼わさび小出地区でつくられるわさび
見どころ・祭り
- 奥只見湖奥只見ダムでできた湖。正式には銀山湖
- 西福寺開山堂石川雲蝶の彫刻で知られる
- 枝折峠の滝雲峠を雲が流れ落ちる景色
- 目黒邸国の重要文化財の建物
- 湯之谷温泉郷市内の温泉地
木コブシ花カタクリ鳥ウグイス魚沼市の木・花・鳥
魚沼市のなりたち
魚沼市(うおぬまし)は、新潟県中越地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。田川入村・伊米ケ崎村・広瀬村・藪神村・上条村・須原村・入広瀬村・堀之内村・小出町・湯之谷村です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の魚沼市になりました。
今の名前「魚沼市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の湯之谷村が約355km²だったのに対し、今の魚沼市は約960km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北魚沼郡・南魚沼郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北魚沼郡は2010年(平成22年)3月31日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧藪神村の区域には藪神駅(只見線)があります。旧上条村の区域には上条駅(只見線)があります。旧入広瀬村の区域には入広瀬駅(只見線)があります。旧小出町の区域には小出駅(上越線)があります。
「魚沼市」という名前
市の名前は、古くからある魚沼郡の名前にちなみます。702年(大宝2年)のこととして『続日本紀』に魚沼郡の存在をうかがわせる記事があり、それより前から郡があったと考えられています。「魚沼」という言葉そのものの由来は、はっきりしていません。2004年(平成16年)11月1日、北魚沼郡の6町村が合併して魚沼市が生まれました。
まちの成り立ち
魚沼の土地は古くから開け、堀之内は三国街道の宿場町として栄えました。1889年(明治22年)の町村制で、北魚沼郡にたくさんの村が生まれました。1896年に小出町村と青島村が合わさって小出町となり、1901年の合併で村の数が減りました。
1926年(大正15年)には堀之内村が田川入村と合わさって新しい堀之内村となり、同じ年の11月に町制を施行して堀之内町となりました。1934年(昭和9年)の冬、小出の人たちが雪を流すために佐梨川から水を引いたのが、流雪溝の始まりとされます。
昭和の合併では、1954年に南魚沼郡伊米ヶ崎村が小出町に編入されました。1955年には広瀬村と藪神村が合わさって広神村が、1956年には須原村と上条村が合わさって守門村が生まれています。
2004年(平成16年)11月1日、小出町・堀之内町・湯之谷村・広神村・守門村・入広瀬村の6町村が合併して魚沼市が発足しました。旧川口町を除く北魚沼郡の全体にあたります。発足の8日前には新潟県中越地震が起き、市の歩みは震災からの復興とともに始まりました。市域は福島県・群馬県と接し、奥只見湖や尾瀬の一部も含みます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北魚沼郡に田川入村・堀之内村・宇賀地村・城下村・小出町村・青島村・佐梨村・湯ノ谷村・八箇村・藪神村・羽川村・島町村・下条村・小平尾村・中条村・須原村・広瀬村・上条村・高根村・入広瀬村が、南魚沼郡に伊米ヶ崎村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年4月7日明治26年北魚沼郡高根村が分割され、高倉が分かれて高倉村が発足し、横根は入広瀬村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1896年8月14日明治29年北魚沼郡の小出町村と青島村が合併して小出町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年北魚沼郡で、堀之内村・城下村・宇賀地村が合併して堀之内村が、小出町・佐梨村と島町村の一部で小出町が、藪神村・羽川村と島町村の残りで藪神村が、須原村と広瀬村で須原村が、湯ノ谷村と八箇村で湯之谷村が、下条村・中条村・小平尾村で広瀬村が、上条村と高倉村で上条村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1926年4月1日大正15年北魚沼郡の堀之内村と田川入村が合併し、改めて堀之内村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1926年11月10日大正15年北魚沼郡堀之内村が町制を施行して堀之内町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年5月1日昭和29年南魚沼郡伊米ヶ崎村が北魚沼郡小出町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年北魚沼郡の広瀬村と藪神村が合併して広神村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年北魚沼郡の須原村と上条村が合併して守門村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年10月1日昭和31年古志郡山古志村の一部(芋川)が広神村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2004年11月1日平成16年北魚沼郡の小出町・堀之内町・湯之谷村・広神村・守門村・入広瀬村が合併して魚沼市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。