今の三条市
新潟県の中央部、県央地域にある市です。平野部は信濃川と、その支流の五十嵐川・刈谷田川がつくりました。南東には粟ヶ岳や守門岳などの山地が広がり、山あいの下田郷にはニホンカモシカのすむ笠堀地区があります。古い市街地は五十嵐川に沿って広がります。包丁や工具などの金物づくりで知られ、隣の燕市とともに金属加工の産地となっています。
今の三条市の区域の人口は、2020年の国勢調査で94,642人です。今の区域で数えた1980年の109,429人とくらべると13.5%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.3%です。
主な産業:包丁・工具などの金物をはじめとする金属加工業と、稲作や下田郷のサツマイモづくりが営まれています。
特産品・名産
- 越後三条打刃物包丁や木鋏など。経済産業大臣指定の伝統的工芸品
- 三条仏壇経済産業大臣指定の伝統的工芸品
- 越紅下田郷で多く作られるサツマイモ
見どころ・祭り
- 本成寺法華宗陣門流の総本山
- 三条鍛冶道場鍛冶の技を伝える市の施設
- 燕三条地場産業振興センター燕三条の金物製品を集めた施設
- 三条まつり市の代表的な祭り
花ヒメサユリ三条市の花
三条市のなりたち
三条市(さんじょうし)は、新潟県中越地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。裏館村・栗林村・三條町・井栗村・大崎村・本成寺村・大島村・鹿峠村・長沢村・森町村・福島村・大面村です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の三条市になりました。
今の名前「三条市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の森町村が約223km²だったのに対し、今の三条市は約440km²と、およそ2.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南蒲原郡に属していました。
「三条市」という名前
「三条」という地名の由来は、はっきりしていません。中世から「三条」の名で呼ばれた土地で、戦国時代には三条島ノ城が置かれていました。江戸時代の初めには三条藩の城下町として町並みが整えられました。1889年(明治22年)の町村制で南蒲原郡三条町となり、1934年(昭和9年)に市制を施行したときも、この名前を受け継いで三条市となりました。
まちの成り立ち
三条の古い市街地は五十嵐川に沿って広がり、江戸時代の初めに三条藩の城下町として整えられました。江戸時代の和釘作りをきっかけに金物の町として発展し、今も金属加工の産業が集まっています。
1889年(明治22年)の町村制で南蒲原郡三条町が生まれ、1901年に一ノ木戸村と合わさって新しい三条町となりました。1920年に裏館村を、1927年に栗林村の一部を編入し、1934年(昭和9年)に市制を施行して三条市となりました。県内では新潟市・長岡市・高田市に次ぐ4番目の市でした。
戦後は1951年に井栗村、1954年に本成寺村と大崎村、1955年に大島村を編入しています。山あいの下田郷では、1955年に長沢村・森町村・鹿峠村が合わさって下田村が生まれました。北の平野では、1956年に福島村と大面村が合わさって栄村が生まれ、1981年に町制を施行して栄町となりました。
2005年(平成17年)5月1日、三条市・栄町・下田村が合併し、新しい三条市が発足しました。隣の燕市とは金属加工でつながりが深く、三条は「商人の町」、燕は「職人の町」と呼ばれてきました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南蒲原郡に三条町・一ノ木戸村・裏館村・上林村・旭村・塚野目村・大槻村・西大崎村・東大崎村・保内村・大島村・須頃村・本城村・槻田村・金子村・笹岡村・長堀村・大浦村・高島村・四ツ沢村・本下田村・前谷村・外谷村・小古瀬村・福多村・鬼木村・尾崎村・五加村・大潟村・四王村・帯織村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年7月17日明治24年南蒲原郡小古瀬村が改称して大和村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1892年12月9日明治25年南蒲原郡大槻村の一部(井栗・北野新田・白山新田)が分かれて井栗村が発足し、一部(鶴田)が塚野目村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1899年9月15日明治32年南蒲原郡の大潟村と四王村が合併し、改めて大潟村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年南蒲原郡で、三条町と一ノ木戸村が合併して三条町が、上林村と旭村で栗林村が、井栗村・塚野目村と大槻村の一部で井栗村が、西大崎村・東大崎村・保内村と大槻村の残りで大崎村が、本城村・槻田村・金子村で本成寺村が、大島村と須頃村で大島村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年南蒲原郡で、笹岡村・長堀村・大浦村・高島村が合併して長沢村が、四ツ沢村・本下田村と前谷村の一部で森町村が、外谷村と前谷村の残りで鹿峠村が、大和村・福多村・鬼木村・尾崎村・五加村で福島村が、大潟村と帯織村で大面村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1920年10月1日大正9年南蒲原郡裏館村が三条町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1927年10月1日昭和2年南蒲原郡栗林村が分割され、大字石上・栗林が三条町に、残りの柳川新田などが井栗村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1934年1月1日昭和9年南蒲原郡三条町が市制を施行して三条市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1951年6月1日昭和26年南蒲原郡井栗村が三条市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1954年11月1日昭和29年南蒲原郡の本成寺村と大崎村が三条市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年南蒲原郡大島村が三条市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1955年3月31日昭和30年南蒲原郡の長沢村・森町村・鹿峠村が合併して下田村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年南蒲原郡の福島村と大面村が合併して栄村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1981年10月1日昭和56年南蒲原郡栄村が町制を施行して栄町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 2005年5月1日平成17年三条市と南蒲原郡の栄町・下田村が合併し、改めて三条市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。