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阿賀町あがまち

1920年には11の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の阿賀町になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の阿賀町

新潟県の東の端で、福島県と接する山あいの町です。阿賀野川と支流の常浪川が町の中を流れ、川沿いの段丘に集落が開けています。飯豊山や御神楽岳、麒麟山などの山があり、県内の市町村で3番目に広い面積をもちます。津川は会津と越後を結ぶ交通の要地として栄え、雁木の町並みが残ります。観光列車のSLばんえつ物語が町内を走ります。

今の阿賀町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,965人です。今の区域で数えた1980年の20,280人とくらべると50.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.6%です。

9,965人人口(2020年)
−50.9%1980年からの増減
952.89km²面積(国土地理院)
10人/km²人口密度
49.6%65歳以上の割合
20,2801980199020052020
15歳未満 6.8%15〜64歳 43.6%65歳以上 49.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:酒造り、きのこなどの栽培、林業と観光業が営まれています。かつては鉱山も栄えました。

特産品・名産

  • 地酒町内の酒蔵でつくられる日本酒
  • きのこ三川観光きのこ園などで育てられる

見どころ・祭り

  • 麒麟山・津川城跡県指定史跡の山城の跡
  • 狐の嫁入り会館津川の狐の嫁入り行列を伝える施設
  • 将軍スギ国の天然記念物の大杉
  • とんぼのまちなみ津川に残る雁木の町並み
  • 持倉鉱山からみ煉瓦遺構鉱山の跡に残る産業遺産

花ユキツバキ鳥ウグイス阿賀町の花・鳥

阿賀町のなりたち

阿賀町(あがまち)は、新潟県下越地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。下条村・上条村・西川村・東川村・揚川村・小川村・日出谷村・豊実村・両鹿瀬村・三川村・津川町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の阿賀町になりました。

今の名前「阿賀町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の西川村が約290km²だったのに対し、今の阿賀町は約972km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東蒲原郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧日出谷村の区域には日出谷駅(磐越西線)があります。旧豊実村の区域には豊実駅(磐越西線)があります。旧三川村の区域には三川駅(磐越西線)があります。旧津川町の区域には津川駅(磐越西線)があります。

111920年の町村の数
5回合併・編入の回数
953km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「阿賀町」という名前

町の名前は、町を流れる阿賀野川に由来します。2005年(平成17年)4月1日、東蒲原郡の津川町・鹿瀬町・上川村・三川村の4町村が合併して阿賀町が発足しました。江戸時代までこの地域は会津藩の領地で、町の大部分は1886年(明治19年)まで福島県に属していました。阿賀野川は、町の中ほどを東から西へ流れています。

まちの成り立ち

町の中心の津川は、会津と越後を結ぶ水と陸の交通の要として古くから栄えました。江戸時代には「津川船道」と呼ばれる船の仲間が、新潟の港との舟運を取り仕切りました。明治時代には草倉銅山の開発が進み、ほかにも持倉鉱山などの鉱山がありました。

1889年(明治22年)の町村制で、東蒲原郡に津川町と11の村が生まれました。1908年には三川村が綱木村と合わさっています。

昭和の合併では、1954年(昭和29年)12月に上条村・西川村・東川村が合わさって上川村が生まれました。1955年1月には、津川町が小川村と揚川村の一部と合わさり、三川村が下条村の大部分と揚川村の残りと合わさりました。同じ年の4月には両鹿瀬村・豊実村・日出谷村が合わさって鹿実谷村が生まれ、1956年1月に町制を施行し、すぐに鹿瀬町と名前を改めました。

2005年(平成17年)4月1日、津川町・鹿瀬町・上川村・三川村が合併して阿賀町が発足しました。町は県内の市町村で3番目に広く、阿賀野川と常浪川に沿った山あいに集落が開けています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東蒲原郡に津川町・両鹿瀬村・日出谷村・豊実村・小川村・上条村・西川村・東川村・揚川村・三川村・綱木村・下条村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1908年9月1日明治41年東蒲原郡の三川村と綱木村が合併し、改めて三川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1954年12月1日昭和29年東蒲原郡の上条村・西川村・東川村が合併して上川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  4. 1955年1月15日昭和30年東蒲原郡で、津川町・小川村と揚川村の一部(西・清川)が合併して改めて津川町が、三川村と下条村の大部分・揚川村の残り(谷花)が合併して改めて三川村が発足し、下条村の一部は五泉市に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1955年4月1日昭和30年東蒲原郡の両鹿瀬村・豊実村・日出谷村が合併して鹿実谷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1956年1月1日昭和31年東蒲原郡鹿実谷村が町制を施行して鹿実谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1956年1月10日昭和31年東蒲原郡鹿実谷町が改称して鹿瀬町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  8. 2005年4月1日平成17年東蒲原郡の津川町・鹿瀬町・上川村・三川村が合併して阿賀町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

阿賀町2005〜今
三川村1889〜2005同じ名前の駅:三川駅
揚川村1889〜1955
下条村1889〜1954
津川町1889〜2005同じ名前の駅:津川駅
小川村1889〜1955
上川村1954〜2005
上条村1889〜1954
西川村1889〜1954
東川村1889〜1954
鹿実谷村→鹿瀬町1955〜2005
日出谷村1889〜1955同じ名前の駅:日出谷駅
豊実村1889〜1955同じ名前の駅:豊実駅
両鹿瀬村1889〜1955

参考にした資料