今の十日町市
新潟県南部、信濃川が市の中央を流れる豪雪地帯の市です。十日町盆地には河岸段丘が発達し、南には日本三大渓谷の一つとされる清津峡、西には松之山温泉があります。冬は多い年に市街地でも2〜3メートルの雪が積もります。魚沼産コシヒカリの産地で、冬の仕事から織物と着物の産業が育ちました。里山には棚田が広がり、野外の美術作品が置かれています。
今の十日町市の区域の人口は、2020年の国勢調査で49,820人です。今の区域で数えた1980年の78,791人とくらべると36.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.9%です。
主な産業:魚沼コシヒカリなどの米づくりと、十日町絣など着物の織物業が営まれています。
特産品・名産
- 十日町絣絹の着物地。経済産業大臣指定の伝統的工芸品
- 十日町明石ちぢみ夏用の薄い着物地。伝統的工芸品
- 魚沼コシヒカリ川沿いの水田と山あいの棚田でつくられる米
見どころ・祭り
- 清津峡日本三大渓谷の一つとされる峡谷
- 松之山温泉日本三大薬湯の一つとされる温泉
- 笹山遺跡国宝の火焔型土器が出土した縄文遺跡
- 大地の芸術祭3年に1度開かれる野外の美術展
- 十日町雪まつり冬に開かれる雪の祭り
木ブナ花ユリ十日町市の木・花
十日町市のなりたち
十日町市(とおかまちし)は、新潟県中越地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。中野村・千手町村・山平村・中条村・十日町・川治村・六箇村・吉田村・下条村・浦田村・田沢村・倉俣村・仙田村・橘村・上野村・貝野村・奴奈川村・水沢村・松代村・松之山村です。これらの町村が、14回の合併や編入を経て、今の十日町市になりました。
今の名前「十日町市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの20の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の倉俣村が約80km²だったのに対し、今の十日町市は約601km²と、およそ7.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中魚沼郡・東頸城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東頸城郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧十日町の区域には十日町駅(北越急行 ほくほく線)があります。旧下条村の区域には下条駅(飯山線)があります。
「十日町市」という名前
「十日町」という地名の由来は、はっきりしていません。中魚沼郡の十日町村が1897年(明治30年)に町制を施行して十日町となり、この名前が受け継がれました。1954年(昭和29年)に十日町と中条村・川治村・六箇村が合わさって十日町市が生まれ、2005年(平成17年)に周りの町村と合わさったあとも、十日町市の名前が使われています。
まちの成り立ち
十日町は信濃川がつくった河岸段丘の上に開けた町です。笹山遺跡からは縄文時代中期の火焔型土器が出土しています。雪の多い土地で、冬の仕事として麻の織物が盛んになり、江戸時代には越後縮が武士の夏の礼服に使われました。江戸時代の末には絹の十日町絣の産地となりました。
1889年(明治22年)の町村制で中魚沼郡に十日町村が生まれ、1897年に町制を施行して十日町となりました。1954年(昭和29年)3月31日、十日町・中条村・川治村・六箇村が合わさって十日町市が発足しました。その後、1954年に吉田村、1955年に下条村、1962年に水沢村を編入しています。
周りでは、1954年に松代村が町制を施行して松代町となり、1955年に中里村、1956年に川西町が生まれました。松之山村は1958年に町制を施行して松之山町となっています。
2005年(平成17年)4月1日、十日町市・川西町・中里村・松代町・松之山町が合併し、新しい十日町市が発足しました。松代・松之山には棚田が広がり、2000年からは3年に一度、野外の美術展「大地の芸術祭」が開かれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、中魚沼郡に十日町村・中条村・新座村・大井田村・三好村・下組村・東下組村・橘村・仙田村・上野村・中野村・千手町村・吉田村・鎧島村・真田村・貝野村・倉俣村・田沢村・馬場村・今泉村・六箇村・川治村・河内村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東頸城郡に北山村・北平村・松平村・峰方村・伊沢村・松之山村・松里村・布川村・浦田村・奴奈川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年9月24日明治30年中魚沼郡十日町村が町制を施行し、改称して十日町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1900年6月22日明治33年中魚沼郡の下組村と三好村が合併して下条村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年中魚沼郡で、中条村・大井田村・新座村が合併して中条村が、川治村と河内村で川治村が、下条村と東下組村で下条村が、馬場村と今泉村で水沢村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年東頸城郡で、峰方村・松平村・伊沢村が合併して松代村が、北山村と北平村で山平村が、松之山村・松里村・布川村で松之山村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1902年4月1日明治35年中魚沼郡の吉田村・鎧島村・真田村が合併し、改めて吉田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1922年11月1日大正11年中魚沼郡の千手町村と中野村が合併して千手村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1934年8月1日昭和9年中魚沼郡千手村が町制を施行して千手町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1954年3月31日昭和29年中魚沼郡の十日町・中条村・川治村・六箇村が合併して十日町市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1954年3月31日昭和29年東頸城郡の松代村と山平村が合併し、改めて松代村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年東頸城郡松代村が町制を施行して松代町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1954年12月1日昭和29年中魚沼郡吉田村が十日町市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年中魚沼郡下条村が十日町市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1955年3月31日昭和30年東頸城郡の松之山村と浦田村が合併し、改めて松之山村が、中魚沼郡の田沢村と倉俣村が合併して中里村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月1日昭和31年中魚沼郡の仙田村・千手町・橘村・上野村が合併して川西町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年中魚沼郡貝野村が分割され、中里村と水沢村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1958年11月1日昭和33年東頸城郡松之山村が町制を施行して松之山町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1959年1月1日昭和34年東頸城郡奴奈川村が松代町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1962年4月1日昭和37年中魚沼郡水沢村が十日町市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 2005年4月1日平成17年十日町市と中魚沼郡の川西町・中里村、東頸城郡の松代町・松之山町が合併し、改めて十日町市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。