今の南魚沼市
新潟県の南部、魚沼盆地にある市で、真ん中を魚野川が流れます。周りを越後山脈や魚沼丘陵の山々に囲まれ、八海山や巻機山がそびえます。冬は雪が深く、スキー場が多くあります。三国街道の宿場町の面影が塩沢に残ります。魚沼産コシヒカリの産地で、八色スイカも育ちます。六日町温泉など温泉も多くあります。
今の南魚沼市の区域の人口は、2020年の国勢調査で54,851人です。今の区域で数えた1980年の62,830人とくらべると12.7%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.9%です。
主な産業:魚沼産コシヒカリの米づくりやスイカの栽培、酒造り、塩沢紬などの織物と観光業が営まれています。
特産品・名産
- 塩沢紬経済産業大臣指定の伝統的工芸品
- 本塩沢絹の着物地。伝統的工芸品
- 魚沼産コシヒカリ魚沼盆地でつくられる米
見どころ・祭り
- 牧之通り三国街道塩沢宿の町並み
- 雲洞庵市内にある古い寺
- 浦佐毘沙門堂普光寺の毘沙門堂
- 坂戸山城跡のある山
木コブシ花カタクリ南魚沼市の木・花
南魚沼市のなりたち
南魚沼市(みなみうおぬまし)は、新潟県中越地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。薮神村・浦佐村・東村・大崎村・大巻村・五十沢村・城内村・中之島村・上田村・石打村・六日町・塩沢町です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の南魚沼市になりました。
今の名前「南魚沼市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の五十沢村が約167km²だったのに対し、今の南魚沼市は約592km²と、およそ3.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南魚沼郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧浦佐村の区域には浦佐駅(上越線)があります。旧石打村の区域には石打駅(上越線)があります。旧六日町の区域には六日町駅(北越急行 ほくほく線)があります。旧塩沢町の区域には塩沢駅(上越線)があります。
「南魚沼市」という名前
市の名前は、2004年の合併のときに住民などから名前を募り、その結果をもとに決められました。魚沼地域の南部にあることと、南魚沼郡の郡名をそのまま受け継ぐことが選んだ理由とされます。応募の数がいちばん多かったのは「八海」で、「南魚沼」は2番目でした。2004年(平成16年)11月1日、六日町と大和町が合併して南魚沼市が発足しました。
まちの成り立ち
南魚沼は、魚野川に沿った魚沼盆地に開けた雪国です。三国街道の宿場町が点在し、塩沢には宿場の町並みを伝える牧之通りがあります。
1889年(明治22年)の町村制で南魚沼郡にたくさんの村が生まれました。1900年に六日町村と塩沢村が町制を施行し、六日町と塩沢町となりました。1901年と1906年の合併で、周りの村の多くがこの二つの町に加わったり、合わさって五十沢村・城内村・石打村・上田村などになったりしています。
昭和の合併では、1956年(昭和31年)4月に藪神村・浦佐村・大崎村・東村が合わさって大和村が生まれ、1962年に町制を施行して大和町となりました。1956年9月には六日町が五十沢村・城内村・大巻村と、塩沢町が中之島村と合わさりました。1957年には塩沢町が石打村・上田村と合わさっています。
2004年(平成16年)11月1日、六日町と大和町が合併して南魚沼市が発足しました。2005年(平成17年)10月1日には塩沢町を編入し、今の市域となりました。魚沼産コシヒカリの産地で、塩沢紬などの織物も伝わっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南魚沼郡に六日町村・塩沢村・上関村・大沼村・大君田村・中目来田村・富実村・吉里村・上島村・栃窪新田・大富村・西中島村・東中島村・大木六村・大和村・南旭村・長崎村・旭村・三和村・小栗山村・余川村・君帰村・欠ノ上村・川窪村・八幡村・美佐島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南魚沼郡に西五十沢村・東五十沢村・南五十沢村・南城内村・北城内村・大巻村・南藪神村・北藪神村・浦佐村・水尾村・大崎村・水無村・坂本村・三用村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年6月9日明治26年南魚沼郡栃窪新田が改称して栃窪村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1900年7月13日明治33年南魚沼郡六日町村が町制を施行し、改称して六日町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1900年11月16日明治33年南魚沼郡塩沢村が町制を施行して塩沢町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1900年12月7日明治33年南魚沼郡の水無村と坂本村が合併して赤石村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年南魚沼郡で、西中島村・東中島村・大木六村・大和村が合併して中之島村が、西五十沢村・東五十沢村・南五十沢村で五十沢村が、南城内村と北城内村で城内村が、大巻村と南藪神村の一部で大巻村が、北藪神村と南藪神村の残りで藪神村が、水尾村と大崎村で大崎村が、赤石村と三用村で東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年4月1日明治39年南魚沼郡で、上関村・大沼村・大君田村が合併して石打村が、南旭村・長崎村・旭村と三和村の一部で上田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年4月1日明治39年南魚沼郡の中目来田村・富実村・吉里村・上島村・栃窪村と大富村の一部が塩沢町に、小栗山村・余川村・君帰村・欠ノ上村・川窪村・八幡村・美佐島村と大富村・三和村の残りが六日町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年4月1日昭和31年南魚沼郡の藪神村・浦佐村・大崎村・東村が合併して大和村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月1日昭和31年南魚沼郡の六日町・五十沢村・城内村・大巻村が合併し、改めて六日町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年南魚沼郡の塩沢町と中之島村が合併し、改めて塩沢町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年2月1日昭和32年南魚沼郡の塩沢町・石打村・上田村が合併し、改めて塩沢町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1962年4月1日昭和37年南魚沼郡大和村が町制を施行して大和町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 2004年11月1日平成16年南魚沼郡の六日町と大和町が合併して南魚沼市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 2005年10月1日平成17年南魚沼郡塩沢町が南魚沼市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。