今の刈羽村
新潟県の中越地方の西部にある村で、刈羽郡に残るただ一つの自治体です。周りを柏崎市に囲まれ、一部が長岡市と接しています。黒川と油田の二つの大字は飛び地です。海の近くにありますが、海岸の部分は柏崎市に属しています。別山川が流れ、砂丘地ではモモが育てられています。柏崎市にまたがって柏崎刈羽原子力発電所があります。
今の刈羽村の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,380人です。今の区域で数えた1980年の5,346人とくらべると18.1%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.4%です。
主な産業:米やモモなどの農業が営まれ、原子力発電所に関わる仕事もあります。
特産品・名産
- 砂丘桃砂丘地で育てられるモモ
- 越後姫村で育てられるイチゴ
見どころ・祭り
- 赤田城跡村内の城跡
- 刈羽貝塚村内の遺跡
- ぴあパークとおりんぼ運動場や温浴施設のある村の施設
木クロマツ花モモ刈羽村の木・花
刈羽村のなりたち
刈羽村(かりわむら)は、新潟県中越地方の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。中通村・刈羽村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の刈羽村になりました。
今の名前「刈羽村」は、1920年にあった刈羽村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の刈羽村が約15km²だったのに対し、今の刈羽村は約27km²と、およそ1.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は刈羽郡に属していました。
「刈羽村」という名前
「刈羽」という名前の由来は、はっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で刈羽郡に刈羽村が生まれ、1901年(明治34年)に勝山村や東城村の一部と合わさって、改めて刈羽村となりました。郡の名前と同じ名前の村で、平成の合併で周りの町が柏崎市に入ったあと、刈羽郡に残るただ一つの自治体となりました。
まちの成り立ち
刈羽村は、1889年(明治22年)4月1日の町村制で、刈羽村・割町新田・上高町村・下高町村・正明寺村の区域をもとに発足しました。1901年(明治34年)11月1日には、刈羽村・勝山村と東城村の一部が合わさって、改めて刈羽村が生まれました。
昭和の合併では、1956年(昭和31年)に中通村が分かれたとき、赤田町方・赤田北方・油田・黒川などが刈羽村に加わりました。1959年には二田村の一部の井岡も編入しています。
平成の合併では、刈羽村は新潟県内で合併しなかった数少ない自治体の一つになりました。2005年に柏崎市が西山町と高柳町を編入したため、刈羽村は周りを柏崎市に囲まれ、一部が長岡市と接する形になりました。黒川と油田の二つの大字は飛び地になっています。
村内には柏崎市にまたがって柏崎刈羽原子力発電所があります。1985年に1号機が運転を始め、1997年には7号機が営業運転を始めました。2007年(平成19年)の新潟県中越沖地震では大きな揺れに見舞われました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、刈羽郡に刈羽村・勝山村・東城村・油田村・曽地村・長原村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1901年11月1日明治34年刈羽郡の刈羽村・勝山村と東城村の一部(新屋敷・大塚)が合併し、改めて刈羽村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年刈羽郡中通村が分割され、その一部(赤田町方・赤田北方・油田・黒川と飯塚の一部)が刈羽村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
- 1959年4月10日昭和34年刈羽郡二田村の一部(井岡)が刈羽村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。