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東御市とうみし

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の東御市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の東御市

長野県の東部、浅間連山のすそ野から千曲川にかけて広がる市です。雨が少なく日当たりのよい斜面が多く、くるみや巨峰などのぶどうが特産です。北国街道の海野宿は古い町並みが残り、湯の丸高原のレンゲツツジ群落は国の天然記念物です。2004年に東部町と北御牧村が合併して生まれました。市の木はくるみ、市の花はレンゲツツジです。

今の東御市の区域の人口は、2020年の国勢調査で30,122人です。今の区域で数えた1980年の26,841人とくらべると12.2%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.0%です。

30,122人人口(2020年)
+12.2%1980年からの増減
112.37km²面積(国土地理院)
268人/km²人口密度
31.0%65歳以上の割合
31,2711980199020052020
15歳未満 12.1%15〜64歳 56.9%65歳以上 31.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:くるみ・ぶどう・野菜などの農業と、工業

特産品・名産

  • くるみシナノグルミ。明治から栽培
  • 巨峰市の特産のぶどう
  • 白土馬鈴薯市の特産のじゃがいも

見どころ・祭り

  • 海野宿北国街道の宿場の町並み
  • 湯の丸高原レンゲツツジの群落がある高原
  • 雷電生家江戸時代の力士雷電の生家
  • 梅野記念絵画館市の美術館

木くるみ花レンゲツツジ東御市の木・花

東御市のなりたち

東御市(とうみし)は、長野県東信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。禰津村・和村・県村・滋野村・北御牧村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の東御市になりました。

今の名前「東御市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の禰津村が約34km²だったのに対し、今の東御市は約113km²と、およそ3.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北佐久郡・小県郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧滋野村の区域には滋野駅(しなの鉄道線)があります。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
112km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「東御市」という名前

東御市の名前は、2004年(平成16年)に合併した東部町の「東」と、北御牧村の「御」を合わせて付けられました。市の名前は公募で決められ、2003年(平成15年)6月の開票で「東御市」が最も多い票を集めました。読みは「とうみ」です。東部町の名前は、1956年(昭和31年)に小県郡の東部の町村が合わさったことに由来します。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、今の市域には小県郡の県村・祢津村・和村・滋野村と、北佐久郡の北御牧村が生まれました。県村には北国街道の海野宿や田中宿があり、1953年(昭和28年)10月1日に町制を施行して田中町と名を改めました。

1956年(昭和31年)9月30日、田中町・祢津村・和村が合併して東部町が発足し、1958年(昭和33年)4月10日には滋野村を編入しました。その後も、1959年(昭和34年)に一部の地区が小諸市に移るなど、隣の市町との間で何度か境の調整が行われています。

2004年(平成16年)4月1日、小県郡の東部町と北佐久郡の北御牧村が郡を越えて合併し、東御市が誕生しました。

市は浅間連山のすそ野から千曲川にかけて広がり、雨が少なく日当たりのよい南向きの斜面が多い土地です。明治のはじめから栽培されてきたくるみや巨峰などのぶどうが特産です。湯の丸高原のレンゲツツジ群落は国の天然記念物で、6月には山腹が赤く染まります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、小県郡に田中村・常田村・加沢村・県村・本海野村の区域で県村、祢津東町・祢津西町などの区域で祢津村、海善寺村・和村の区域で和村が発足し、滋野村が単独で村制を施行した。北佐久郡には八重原村・羽毛山村などの区域で北御牧村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1953年10月1日昭和28年県村が町制を施行し、改称して田中町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1956年9月30日昭和31年田中町・祢津村・和村が合併し、東部町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1958年4月10日昭和33年滋野村が東部町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1959年4月1日昭和34年東部町の一部(井子・糠地・芝生田)が小諸市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  6. 1966年4月1日昭和41年東部町の一部(遠河原)が丸子町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 2001年8月19日平成13年小諸市の一部(赤岩の一部)が東部町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 2003年5月14日平成15年東部町と丸子町の間で境界が変更され、本海野の一部が丸子町に、丸子町塩川の一部(中島)が東部町に編入された。種類:その他 出典:Wikipedia
  9. 2004年4月1日平成16年小県郡東部町と北佐久郡北御牧村が合併し、東御市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.tomi.nagano.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東御市2004〜今
北御牧村1889〜2004
東部町1956〜2004
滋野村1889〜1958同じ名前の駅:滋野駅
和村1889〜1956
県村→田中町1889〜1956
禰津村1889〜1956

参考にした資料