高知県 › いの町

いの町いのちょう

1920年には11の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今のいの町になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今のいの町

高知県の中央部にある町で、県内の町村では最も人口が多い町です。町の北部に山地、南部に高知市に隣接する地域があり、仁淀川が流れます。和紙づくりから始まった製紙業が盛んで、土佐和紙が知られます。町内には「仁淀ブルー」と呼ばれる青い水で知られるにこ淵があり、紙の博物館や道の駅があります。稲作や果樹、生姜の栽培も行われます。

今のいの町の区域の人口は、2020年の国勢調査で21,374人です。今の区域で数えた1980年の29,036人とくらべると26.4%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.7%です。

21,374人人口(2020年)
−26.4%1980年からの増減
470.97km²面積(国土地理院)
45人/km²人口密度
39.7%65歳以上の割合
30,0791980199020052020
15歳未満 9.6%15〜64歳 50.7%65歳以上 39.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製紙業が伝統産業で、稲作、果樹、生姜の栽培もあります。

特産品・名産

  • 土佐和紙和紙の製造に始まる町の伝統産業
  • 生姜町内で栽培される
  • 米町内全域で行われる稲作

見どころ・祭り

  • にこ淵「仁淀ブルー」で知られる淵
  • 瓶ヶ森町の山
  • いの町紙の博物館和紙の歴史を紹介する博物館
  • 椙本神社町内の神社
  • 枝川古墳群町内の遺跡

木ミツマタ花シャクナゲ鳥ヤマガラいの町の木・花・鳥

いの町のなりたち

いの町(いのちょう)は、高知県中部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。宇治村・川内村・八田村・神谷村・三瀬村・清水村・上八川村・小川村・下八川村・本川村・伊野町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今のいの町になりました。

今の名前「いの町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の本川村が約203km²だったのに対し、今のいの町は約458km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は吾川郡・土佐郡・高岡郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧伊野町の区域には伊野駅(土讃本線)があります。

111920年の町村の数
5回合併・編入の回数
471km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「いの町」という名前

「いの」は、旧伊野町の名を平仮名にしたものです。2004年(平成16年)10月1日に、吾川郡の伊野町・吾北村と、土佐郡の本川村が合わさって新設合併したとき、現在の平仮名表記になりました。「伊野」の由来ははっきりしていません。町章は伊野町の町章を引き継いでいます。

まちの成り立ち

いの町は、高知県の中央部にあり、高知県の町村では最も人口の多い町です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、吾川郡に伊野村、八田村、神谷村、三瀬村、小川村、清水村、下八川村、上八川村などが発足しました。伊野村は1895年(明治28年)10月26日に町制を施行して伊野町になりました。1954年(昭和29年)3月1日に、伊野町・八田村と、土佐郡の宇治村、高岡郡の川内村が合わさり、改めて伊野町が発足しました。同じ年の10月1日に神谷村、翌1955年(昭和30年)1月1日に三瀬村を編入しています。1956年(昭和31年)6月1日には、小川村・清水村・下八川村・上八川村が合わさって吾北村が発足しました。そして2004年(平成16年)10月1日に、伊野町・吾北村と本川村が合わさり、いの町が発足しました。町は、和紙の製造に始まる製紙業が伝統的に盛んで、土佐和紙で知られます。高知市に隣接する地域は、ベッドタウンの色合いが強くなっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、吾川郡に伊野村・八田村・神谷村・三瀬村・小川村・清水村・下八川村・上八川村、土佐郡に宇治村・本川村、高岡郡に川内村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1895年10月26日明治28年伊野村が町制を施行して伊野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1928年4月1日昭和3年土佐郡十六村の一部(槙)が伊野町に、一部(中追・成山)が神谷村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  4. 1954年3月1日昭和29年伊野町・八田村と土佐郡宇治村・高岡郡川内村が合併し、改めて伊野町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  5. 1954年10月1日昭和29年神谷村が伊野町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  6. 1955年1月1日昭和30年三瀬村が伊野町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1956年6月1日昭和31年清水村・上八川村・下八川村・小川村が合併して吾北村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  8. 2004年10月1日平成16年伊野町・吾北村と土佐郡本川村が合併していの町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

いの町2004〜今
本川村1889〜2004
伊野町1895〜2004同じ名前の駅:伊野駅
三瀬村1889〜1955
神谷村1889〜1954
宇治村1889〜1954
川内村1889〜1954
八田村1889〜1954
吾北村1956〜2004
清水村1889〜1956
上八川村1889〜1956
小川村1889〜1956
下八川村1889〜1956

参考にした資料