今の土佐市
高知県のほぼ中央にあり、仁淀川の下流の右岸に広がる市です。東部は高岡平野に開け、北と西は山に囲まれ、南は太平洋に面します。太平洋側の宇佐は漁港のまちで、鰹節の産地です。仁淀川の伏流水を使った製紙の伝統があり、土佐和紙が知られます。平野ではビニールハウスの園芸、山地では土佐文旦などの果樹が育ちます。
今の土佐市の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,732人です。今の区域で数えた1980年の31,677人とくらべると18.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.9%です。
主な産業:施設園芸と果樹、製紙業、宇佐の漁業・水産加工が盛んです。
特産品・名産
- 土佐文旦山地で育てる柑橘
- 鰹節宇佐で江戸時代後期から作られる
- 土佐和紙仁淀川の水を生かした伝統産業
見どころ・祭り
- 青龍寺四国八十八箇所第36番札所
- 清瀧寺四国八十八箇所第35番札所
- 城山公園(蓮池城址)蓮池城の跡にある公園
- 竜の浜海水浴場太平洋に面した海水浴場
- 天崎鍾乳洞市内の鍾乳洞
木いちょう花ゆり鳥むくどり土佐市の木・花・鳥
土佐市のなりたち
土佐市(とさし)は、高知県中部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。北原村・蓮池村・高石村・波介村・戸波村・新居村・宇佐村・高岡町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の土佐市になりました。
今の名前「土佐市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の高岡町が約12km²だったのに対し、今の土佐市は約89km²と、およそ7.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は高岡郡に属していました。
「土佐市」という名前
「土佐」は高知県一帯の旧国名です。この市は、もとは高岡町という名前でした。1959年(昭和34年)1月1日に市制を施行したとき、富山県の高岡市と同じ名前になるのを避けるため、「土佐市」と名を改めました。「高岡」の由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
土佐市は、仁淀川の下流の右岸に広がる高岡平野にあります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、高岡村・蓮池村・北原村・戸波村・波介村・高石村・新居村・宇佐村が発足しました。1899年(明治32年)3月1日に高岡村が町制を施行して高岡町となり、宇佐村も1922年(大正11年)9月1日に町制を施行して宇佐町となりました。宇佐町は1942年(昭和17年)に新居村と合わさって新宇佐町となり、1949年(昭和24年)に新居村が再び分かれて、宇佐町の名に戻りました。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月31日に、高岡町と北原村・高石村・蓮池村・波介村・戸波村が合わさって、改めて高岡町が発足します。1958年(昭和33年)4月1日には、この高岡町と宇佐町・新居村が合わさり、再び高岡町が発足しました。そして1959年(昭和34年)1月1日に市制を施行し、土佐市となりました。仁淀川の伏流水は製紙業を育て、太平洋に面した宇佐では、江戸時代後期から鰹節づくりが続いています。平野ではビニールハウスの園芸、山地では土佐文旦などの果樹栽培が営まれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、高岡郡に高岡村・蓮池村・北原村・戸波村・波介村・高石村・新居村・宇佐村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1899年3月1日明治32年高岡村が町制を施行して高岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年9月1日大正11年宇佐村が町制を施行して宇佐町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1942年4月1日昭和17年宇佐町と新居村が合併して新宇佐町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年新宇佐町の一部(新居)が分かれて新居村が発足し、新宇佐町は改称して宇佐町となった。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年高岡町・高石村・蓮池村・北原村・波介村・戸波村が合併し、改めて高岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1958年4月1日昭和33年高岡町・宇佐町・新居村が合併し、改めて高岡町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1959年1月1日昭和34年高岡町が市制を施行し、改称して土佐市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.kochi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。