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四万十市しまんとし

1920年には13の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の四万十市になりました。

13町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の四万十市

高知県の南西部、四万十川の下流にあり、中村平野が広がる市です。市域の大半は山林です。中心の中村は、土佐一条氏が京都を模して区画した町で、「土佐の小京都」とも呼ばれます。四万十川は四国最長の一級河川で、川下りや沈下橋が知られます。内陸の江川崎では、2013年に当時の国内最高気温の41.0度が観測されました。

今の四万十市の区域の人口は、2020年の国勢調査で32,694人です。今の区域で数えた1980年の40,315人とくらべると18.9%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.3%です。

32,694人人口(2020年)
−18.9%1980年からの増減
632.32km²面積(国土地理院)
52人/km²人口密度
37.3%65歳以上の割合
40,6091980199020052020
15歳未満 11.3%15〜64歳 51.4%65歳以上 37.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:四万十川を生かした観光と、川や山の産物を生かした農林水産業が営まれています。

特産品・名産

  • 天然アユ四万十川の川の幸
  • 青のり四万十川でとれる
  • 天然ウナギ四万十川の川の幸

見どころ・祭り

  • 四万十川四国最長の一級河川。川下りや沈下橋が知られる
  • 中村城址為松公園にある城跡
  • 一條神社土佐一条氏にゆかりの神社
  • 石見寺ミニ八十八箇所で知られる寺
  • 黒尊渓谷紅葉狩りで知られる渓谷

木ヤナギ花フジ鳥カワセミ四万十市の木・花・鳥

四万十市のなりたち

四万十市(しまんとし)は、高知県幡多の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。富山村・後川村・大川筋村・蕨岡村・東山村・中筋村・具同村・東中筋村・下田村・八束村・江川崎村・津大村・中村町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の四万十市になりました。

今の名前「四万十市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの13の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の津大村が約188km²だったのに対し、今の四万十市は約610km²と、およそ3.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は幡多郡に属していました。

131920年の町村の数
3回合併・編入の回数
632km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「四万十市」という名前

「四万十」は、市内を流れる四万十川と同じ名です。2005年(平成17年)4月10日に、中村市と幡多郡の西土佐村が合わさって発足したとき、四万十市という名になりました。四万十川は、四国最長の一級河川です。市は川の下流域にあり、中村平野が広がります。

まちの成り立ち

四万十市は、高知県の南西部にあり、四万十川の下流に開けた中村平野を中心とする市です。中村は、戦国時代に土佐一条氏が京都を模して町を碁盤の目に区画した土地で、「土佐の小京都」とも呼ばれます。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、幡多郡に中村や下田村、東山村、蕨岡村、山中村などが発足しました。1898年(明治31年)11月10日に中村が町制を施行して中村町となり、下田村は1927年(昭和2年)11月3日に町制を施行して下田町となりました。1954年(昭和29年)3月31日、中村町・下田町・東山村・蕨岡村・後川村・八束村・具同村・東中筋村・富山村・大川筋村・中筋村が合わさって市制を施行し、中村市が発足しました。1958年(昭和33年)4月1日には、津大村と江川崎村が合わさって西土佐村が発足しています。そして2005年(平成17年)4月10日、中村市と西土佐村が合わさって、四万十市が発足しました。2013年(平成25年)8月12日には、旧西土佐村の江川崎で当時の国内最高気温の41.0度が観測されました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、幡多郡に中村・下田村・東山村・蕨岡村・山中村・大川筋村・後川村・八束村・中筋村・東中筋村・具同村・江川崎村・津大村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1898年11月10日明治31年中村が町制を施行して中村町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1915年4月1日大正4年山中村が改称して富山村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  4. 1927年11月3日昭和2年下田村が町制を施行して下田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1954年3月31日昭和29年中村町・下田町・東山村・蕨岡村・後川村・八束村・具同村・東中筋村・富山村・大川筋村・中筋村が合併し、市制を施行して中村市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  6. 1957年4月1日昭和32年大方町の一部(伊屋)が中村市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1958年4月1日昭和33年江川崎村と津大村が合併して西土佐村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  8. 2005年4月10日平成17年中村市と西土佐村が合併して四万十市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

四万十市2005〜今
中村町→中村市1898〜2005
富山村1915〜1954
後川村1889〜1954
大川筋村1889〜1954
蕨岡村1889〜1954
東山村1889〜1954
中筋村1889〜1954
具同村1889〜1954
東中筋村1889〜1954
下田村→下田町1889〜1954
八束村1889〜1954
西土佐村1958〜2005
江川崎村1889〜1958
津大村1889〜1958

参考にした資料