今の日高村
高知県の中部、高岡郡にある村で、高知市から西へ約16キロの内陸にあります。村の全域が仁淀川とその支流の流域で、北は仁淀川に接します。北部と南部は山が連なり、中央が盆地です。盆地を日下川が流れ、国道33号とJR土讃線が通ります。シュガートマトやお茶などの農業が盛んで、小村神社や猿田洞があります。
今の日高村の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,812人です。今の区域で数えた1980年の6,100人とくらべると21.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.1%です。
主な産業:農業が中心で、シュガートマト、お茶、野菜を栽培します。
特産品・名産
- シュガートマト糖度の高いブランドトマト
- 日高村オムライス街道シュガートマトを使ったオムライスの店の総称
- お茶村で栽培される
見どころ・祭り
- 小村神社土佐国二宮の神社
- 猿田洞1858年に見つかった鍾乳洞
- 柏井城跡村内の城跡
- 渋川トンボ公園村内の公園
- 村の駅ひだか村の特産を扱う施設
木ドウダンツツジ花コスモス鳥シラサギ日高村の木・花・鳥
日高村のなりたち
日高村(ひだかむら)は、高知県中部の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。能津村・日下村・加茂村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の日高村になりました。
今の名前「日高村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の日下村が約23km²だったのに対し、今の日高村は約44km²と、およそ1.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は高岡郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧日下村の区域には日下駅(土讃本線)があります。
「日高村」という名前
「日高」は、「日本」と「高知県」から1文字ずつ取った名前です。1954年(昭和29年)10月15日に、高岡郡の日下村・能津村と、加茂村の一部が合わさって発足したとき、この名が付けられました。村は仁淀川とその支流の日下川の流域に広がり、村役場は中央の盆地にあります。
まちの成り立ち
日高村は、高知県の中部にあり、仁淀川とその支流の日下川の流域に広がる村です。村の北側を仁淀川が流れ、中央が盆地になっています。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、高岡郡に日下村、能津村、加茂村(加茂村と竜田村)が発足しました。1954年(昭和29年)10月15日、日下村・能津村と、加茂村の一部(大字岩目地・九頭)が合わさって、日高村が発足しました。1955年(昭和30年)2月10日には、加茂村が分けられ、大字入沢が日高村に編入され、大字加茂は佐川町に入りました。このとき大字岩目地の一部も佐川町に編入されています。それ以後、村は他の市町村と合わさっていません。村の中央の盆地を、国道33号とJR土讃線が東西に通り、村役場もこの沿線にあります。村ではフルーツトマトの一種、シュガートマトの栽培が盛んで、トマトを使ったオムライスを出す店を「日高村オムライス街道」としてPRしています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、高岡郡に日下村・能津村・加茂村(加茂村・竜田村の区域)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1954年10月15日昭和29年日下村・能津村と、加茂村の一部(岩目地・九頭)が合併して日高村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1955年2月10日昭和30年加茂村が分割され、入沢が日高村に、加茂が佐川町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年2月10日昭和30年日高村の一部(岩目地の一部)が佐川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。