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佐川町さかわちょう

1920年には5の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の佐川町になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の佐川町

高知県の中西部、四国山地の支脈に囲まれた盆地の町です。仁淀川の支流である柳瀬川沿いに市街地が開け、国道33号とJR土讃線が通ります。江戸時代には土佐藩の家老、深尾氏の城下町として栄え、学問を重んじる気風が伝わります。植物学者、牧野富太郎の出身地で、酒造や茶、栗、ナシなどの産物があります。

今の佐川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で12,323人です。今の区域で数えた1980年の16,114人とくらべると23.5%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.1%です。

12,323人人口(2020年)
−23.5%1980年からの増減
100.8km²面積(国土地理院)
122人/km²人口密度
41.1%65歳以上の割合
16,1241980199020052020
15歳未満 10.8%15〜64歳 48.1%65歳以上 41.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業が中心で、茶、新高梨、甘栗、ニラなどを産し、酒造業もあります。

特産品・名産

  • 司牡丹(日本酒)町内の酒造会社が造る日本酒
  • 山椒餅町の菓子
  • 新高梨町で育てる梨

見どころ・祭り

  • 牧野公園町出身の植物学者、牧野富太郎ゆかりの公園
  • 牧野富太郎ふるさと館牧野富太郎に関する展示館
  • 青山文庫町の文化施設
  • 不動ガ岩屋洞窟遺跡国の史跡
  • 旧浜口家住宅登録有形文化財の建物

木ワカキノサクラ花サカワサイシン鳥カワセミ佐川町の木・花・鳥

佐川町のなりたち

佐川町(さかわちょう)は、高知県中部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。黒岩村・尾川村・斗賀野村・加茂村・佐川町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の佐川町になりました。

今の名前「佐川町」は、1920年にあった佐川町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の佐川町が約20km²だったのに対し、今の佐川町は約98km²と、およそ4.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は高岡郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧斗賀野村の区域には斗賀野駅(土讃本線)があります。

51920年の町村の数
1回合併・編入の回数
101km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「佐川町」という名前

「佐川」の由来には、川の流れに関わる説があります。高知県の川は四国山地の南にあるため北から南へ流れるのが普通ですが、柳瀬川などは北へ流れます。そのため「逆川(さかがわ)」と呼ばれ、それが縮まって「さかわ」になったとする説です。ほかに、狭い谷間の川を意味する「狭川(さかは)」から出たとする説もあります。

まちの成り立ち

佐川は、四国山地の支脈に抱かれた盆地の町で、約1万年前の不動ガ岩屋洞窟遺跡があります。江戸時代には、土佐藩の筆頭家老、深尾氏がこの地を治めて城下町として栄え、学問を大切にする町の基礎が築かれました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、佐川村・斗賀野村・尾川村・黒岩村・加茂村ができました。1900年(明治33年)1月10日に佐川村が町制を施行して佐川町となりました。1954年(昭和29年)3月20日には、佐川町・斗賀野村・尾川村・黒岩村が合わさり、改めて佐川町が発足しました。1955年(昭和30年)2月10日には、加茂村が分けられ、加茂の区域が佐川町に、入沢の区域が日高村に入りました。同じ日には、日高村の岩目地の一部も佐川町に編入されています。このほか越知町との間で、1954年と1958年に境の変更がありました。佐川は植物学者の牧野富太郎の出身地で、酒造会社の司牡丹もあります。町には青山文庫や牧野富太郎ふるさと館などの文化施設があります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、高岡郡に佐川村・斗賀野村・尾川村・黒岩村・加茂村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1900年1月10日明治33年佐川村が町制を施行して佐川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1954年3月20日昭和29年佐川町・斗賀野村・尾川村・黒岩村が合併し、改めて佐川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  4. 1954年4月15日昭和29年佐川町の一部(南ノ川・佐ノ国・小日浦・峰の一部)が越知町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  5. 1954年10月10日昭和29年佐川町の一部(山室)が越知町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kochi.lg.jp
  6. 1955年2月10日昭和30年加茂村が分割され、加茂が佐川町に、入沢が日高村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  7. 1955年2月10日昭和30年日高村の一部(岩目地の一部)が佐川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 1958年4月1日昭和33年佐川町の一部(柴尾・宮地・浅尾・南片岡)が越知町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kochi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

佐川町1900〜今
加茂村1889〜1955
黒岩村1889〜1954
尾川村1889〜1954
斗賀野村1889〜1954同じ名前の駅:斗賀野駅

参考にした資料