今の仁淀川町
高知県吾川郡の町で、四国山地にある県境の町です。面積の約9割が山林で、町の中央を西から東へ仁淀川が流れます。国道33号が高知市と松山市を結んで通ります。茶の生産が盛んで、中津渓谷や安居渓谷などの渓谷、国の登録有形文化財の久喜沈下橋などがあります。秋葉まつりが2月に開かれ、神楽や太鼓踊りも各地に伝わります。
今の仁淀川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,827人です。今の区域で数えた1980年の11,672人とくらべると58.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は55.7%です。
主な産業:茶業が盛んで、土佐茶を産します。林業も営まれています。
特産品・名産
- 土佐茶茶業試験場があり、茶の生産が盛ん
見どころ・祭り
- 中津渓谷県立自然公園の渓谷
- 安居渓谷県立自然公園の渓谷
- 久喜沈下橋高知県で最古の沈下橋
- 大引割・小引割国の天然記念物
- 長者の大銀杏高知県の天然記念物
木桜花さくら鳥ヤマガラ仁淀川町の木・花・鳥
仁淀川町のなりたち
仁淀川町(によどがわちょう)は、高知県中部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。富岡村・別府村・長者村・名野川村・大崎村・池川町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の仁淀川町になりました。
今の名前「仁淀川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の池川町が約79km²だったのに対し、今の仁淀川町は約323km²と、およそ4.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は吾川郡・高岡郡に属していました。
「仁淀川町」という名前
「仁淀川」は、町の中央を西から東へ流れる川の名です。町名はこの川と同じ名で、2005年(平成17年)8月1日に、吾川郡の池川町・吾川村と、高岡郡の仁淀村が合わさって発足したときに付けられました。この地は四国山地にあり、面積の約9割を山林が占めます。
まちの成り立ち
仁淀川町は、四国山地にある県境の町で、面積の約9割が山林です。町の中央を西から東へ仁淀川が流れ、国道33号が高知市と松山市を結んでいます。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、吾川郡に池川村(池川村・用居村)、富岡村、大崎村、名野川村、高岡郡に別府村、長者村が発足しました。池川村は1913年(大正2年)4月1日に町制を施行して池川町になり、富岡村は1941年(昭和16年)7月1日に池川町に編入されました。1954年(昭和29年)9月1日に別府村と長者村が合わさって仁淀村が、1955年(昭和30年)2月1日に大崎村と名野川村が合わさって吾川村が発足しました。そして2005年(平成17年)8月1日、池川町・吾川村・仁淀村が対等合併し、仁淀川町が発足しました。町では茶業が盛んで、土佐茶を産します。中津渓谷や安居渓谷、久喜沈下橋などが町内にあります。国の天然記念物の大引割・小引割や、高知県の天然記念物の長者の大銀杏もあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、吾川郡に池川村(池川村・用居村の区域)・富岡村・大崎村・名野川村、高岡郡に別府村・長者村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1913年4月1日大正2年池川村が町制を施行して池川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年7月1日昭和16年富岡村が池川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年5月1日昭和18年大崎村の一部(大崎の一部)が池川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年7月20日昭和29年長者村の一部(堂林)が越知町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1954年9月1日昭和29年高岡郡の別府村と長者村が合併して仁淀村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年大崎村と名野川村が合併して吾川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1955年11月1日昭和30年仁淀村の一部(加枝・本村)が吾川村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2005年8月1日平成17年池川町・吾川村と高岡郡仁淀村が合併して仁淀川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。