今の檮原町
高知県の北西部、四国山地の西端にある町です。北部には日本三大カルストのひとつ、四国カルストが広がります。四方を山に囲まれ、町の面積の91%は森林です。町産の木材を使った公共施設が建てられ、建築家の隈研吾が手がけた建物が町内に複数あります。津野山神楽が伝わり、町は「雲の上の町」を名のります。
今の檮原町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,307人です。今の区域で数えた1980年の5,750人とくらべると42.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.3%です。
主な産業:林業を軸に、町産木材を生かしたまちづくりを進め、茶やキジ肉などを産します。
特産品・名産
- 鷹取キムチ鷹取の家で生まれた町の商品
- キジ肉町のきじ生産組合が販売
- 緑茶町の名産
見どころ・祭り
- 四国カルスト日本三大カルストのひとつ
- 檮原町役場隈研吾がデザインした庁舎
- ゆすはら座町の文化施設
- 津野山舞台津野山神楽の演舞場
- 雲の上の図書館隈研吾がデザインした図書館
木杉花山桜鳥やまがら檮原町の木・花・鳥
檮原町のなりたち
檮原町(ゆすはらちょう)は、高知県高幡の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに檮原村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は高岡郡に属していました。
「檮原町」という名前
「檮原」の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、檮原村・越知面村・四万川村・初瀬村・中平村・松原村の6つの村が合わさって、西津野村が発足しました。1912年(明治45年)7月20日に檮原村と改称しました。この名は、合わさった村の一つの檮原村と同じです。1966年(昭和41年)11月3日に町制を施行して檮原町になりました。
まちの成り立ち
檮原は高知県の北西部、四国山地の西端にあります。北部には四国カルストがあり、愛媛県との結びつきが古くからあります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、檮原村・越知面村・四万川村・初瀬村・中平村・松原村の区域をもって、高岡郡に西津野村が発足しました。1912年(明治45年)7月20日に檮原村と改称し、1966年(昭和41年)11月3日に町制を施行して檮原町となりました。昭和の大合併でも平成の大合併でも他の町村とは合わさらず、1889年以来の区域を保っています。町の面積の91%は森林で、1990年代から森林資源の活用や環境保全の取り組みを進めてきました。町産の木材を使った公共施設が建てられ、建築家の隈研吾が設計した建物も町内に複数あります。町には津野山神楽が伝わり、津野山舞台などで演じられます。坂本龍馬が土佐を脱藩した道にちなんだ、龍馬脱藩マラソン大会も開かれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、高岡郡の檮原村・越知面村・四万川村・初瀬村・中平村・松原村の区域で西津野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1912年7月20日明治45年西津野村が改称して檮原村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1966年11月3日昭和41年檮原村が町制を施行して檮原町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kochi.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。