今の大川村
高知県の北端、四国山地の山あいにある村です。北は愛媛県に接し、1,000メートル級の山々に囲まれています。吉野川が村内を西から東へ流れ、早明浦ダムのダム湖が広がります。村役場などが集まる中心は、ダム湖の岸にある小松地区です。かつては銅山と林業で栄えましたが、主な集落はダム湖の底に沈みました。現在は茶や牛、地鶏など山あいの産物を育てています。
今の大川村の区域の人口は、2020年の国勢調査で366人です。今の区域で数えた1980年の906人とくらべると59.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.0%です。
主な産業:農業と畜産が中心で、土佐茶、大川黒牛、土佐はちきん地鶏を産します。
特産品・名産
- 大川黒牛村の特産の牛。11月3日の謝肉祭で味わう
- 土佐はちきん地鶏村で産する地鶏
- 土佐茶村で産する茶
見どころ・祭り
- 早明浦ダム四国の水源となる貯水池。1977年完成
- 白滝鉱山跡かつて銅山があった跡地
- 自然王国白滝の里閉山した鉱山跡に建てた体験・宿泊施設
- 大北川渓谷翁の滝などがある渓谷
木五葉松花シャクナゲ鳥ウグイス大川村の木・花・鳥
大川村のなりたち
大川村(おおかわむら)は、高知県嶺北の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに大川村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は土佐郡に属していました。
「大川村」という名前
「大川」の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、小松村・船戸村・朝谷村など16の村が合わさり、大川村が発足しました。村の中央を吉野川が東西に流れています。村章は、星の形で「大」を表し、中央に「川」の字を置いています。
まちの成り立ち
大川のあたりは、高知県の最北端にあたる四国山地の山村です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、小松村・船戸村・朝谷村・大北川村・高野村・川崎村・猪ノ川村・大平村・小麦畝村・小北川村・大藪村・下切村・南野山村・上小南川村・下小南川村・中切村の区域をまとめて、土佐郡に大川村が発足しました。その後、昭和の大合併でも平成の大合併でも他の町村とは合わさらず、発足当時の区域を保っています。1960年代には白滝鉱山の銅山と林業が最も栄え、人口は多い時で約4,000人いました。その後、早明浦ダムができると、役場を含む村の中心部が水没しました。銅山の閉鎖も重なり、人口は約500人まで減りました。2003年(平成15年)には本山町・土佐町との合併が検討されましたが、土佐町の住民投票で法定合併協議会の設置に反対が多く、村は単独で続くことになりました。村の西部の白滝鉱山の跡には、宿泊や体験のできる「自然王国白滝の里」があります。村では大川黒牛や土佐はちきん地鶏が育てられ、11月3日の謝肉祭では大川黒牛のバーベキューがふるまわれます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、土佐郡の小松村・船戸村・朝谷村など16村の区域で大川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 2003年本山町・土佐町との合併が検討されたが、土佐町の住民投票で法定合併協議会の設置が否決され、大川村は単独で続くことになった。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。