今の土佐町
高知県北部の土佐郡にあり、四国山地のただ中、吉野川の上流にある町です。「四国の水がめ」と呼ばれる早明浦ダムがあります。面積の85%が山林で、標高300〜500メートルほどの土地に集落が広がります。棚田の米や土佐あか牛、酪農が営まれています。最高峰の稲叢山の山肌には、アケボノツツジやシャクナゲが咲きます。
今の土佐町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,753人です。今の区域で数えた1980年の6,663人とくらべると43.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.0%です。
主な産業:農業・畜産・林業が基幹で、米、土佐あか牛、牛乳、野菜を産します。
特産品・名産
- 米棚田でとれる土佐町の主要な農産物
- 土佐あか牛土佐褐毛和種。嶺北ビーフとして流通
- れいほく高原牛乳町の酪農で作る牛乳
見どころ・祭り
- 早明浦ダム「四国の水がめ」。桜の名所でもある
- 稲叢山アケボノツツジやシャクナゲが咲く
- 瀬戸川渓谷アメガエリの滝がある渓谷
- 平石の乳イチョウ国の天然記念物
- 高須棚田「つなぐ棚田遺産」
木スギ花アジサイ鳥オオルリ土佐町の木・花・鳥
土佐町のなりたち
土佐町(とさちょう)は、高知県嶺北の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。森村・地蔵寺村・田井村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の土佐町になりました。
今の名前「土佐町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の地蔵寺村が約96km²だったのに対し、今の土佐町は約206km²と、およそ2.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は土佐郡・長岡郡に属していました。
「土佐町」という名前
「土佐」は高知県一帯の旧国名と同じ名前です。町名の由来ははっきりしていません。1955年(昭和30年)3月31日に、土佐郡の森村・地蔵寺村と長岡郡の田井村が合わさって土佐村が発足しました。1970年(昭和45年)4月1日に町制を施行して、土佐町になりました。
まちの成り立ち
土佐町は、高知県北部の四国山地のただ中にあり、吉野川の上流域に広がる町です。面積の85%が山林で、「四国の水がめ」と呼ばれる早明浦ダムがあります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、土佐郡に森村・地蔵寺村、長岡郡に田井村が発足しました。1955年(昭和30年)3月31日、森村・地蔵寺村・田井村が合わさって、土佐郡に土佐村が発足しました。1961年(昭和36年)4月1日には、長岡郡の本山町の上津川・下川・古味・井尻・大淵を編入しています。1970年(昭和45年)4月1日に町制を施行して、土佐町となりました。2003年(平成15年)には、本山町・大川村との法定合併協議会の設置の是非を問う住民投票が行われ、否決されました。それ以後も、町は他の市町村と合わさっていません。町では、標高差のある土地を生かして、棚田の米や、土佐あか牛、酪農が営まれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、土佐郡に森村・地蔵寺村、長岡郡に田井村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年土佐郡の森村・地蔵寺村と長岡郡田井村が合併して、土佐郡土佐村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1961年4月1日昭和36年長岡郡本山町の一部(上津川・下川・古味・井尻・大淵)が土佐村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1970年4月1日昭和45年土佐村が町制を施行して土佐町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 2003年本山町・大川村との法定合併協議会の設置を問う住民投票が行われ、否決された。種類:その他 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。