今の大豊町
高知県の北東部、四国山地の中央部にある町です。町のほぼ中央を吉野川が流れ、町域の大部分は急峻な山地で、集落は谷沿いや山腹に散らばります。国宝の豊楽寺薬師堂や、国の特別天然記念物の杉の大スギがあります。二段階で発酵させる後発酵茶、碁石茶の伝承地として知られます。旧立川番所書院は参勤交代の宿所でした。
今の大豊町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,252人です。今の区域で数えた1980年の9,411人とくらべると65.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は58.7%です。
主な産業:農林業が中心で、碁石茶、銀不老豆、ユズなどを産します。
特産品・名産
- 碁石茶二段階で発酵させる後発酵茶
- 銀不老豆町で古くから栽培される豆
- ユズ町で古くから栽培される
見どころ・祭り
- 豊楽寺薬師堂国宝。県内で唯一の国宝建造物
- 杉の大スギ国の特別天然記念物。夫婦杉とも呼ばれる
- 旧立川番所書院国の重要文化財。参勤交代の宿所
- 龍王の滝日本の滝百選
- 梶ヶ森県立自然公園町南東部の山と自然公園
木杉花福寿草鳥ヤマガラ大豊町の木・花・鳥
大豊町のなりたち
大豊町(おおとよちょう)は、高知県嶺北の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。大杉村・西豊永村・東豊永村・天坪村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の大豊町になりました。
今の名前「大豊町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大杉村が約131km²だったのに対し、今の大豊町は約306km²と、およそ2.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は長岡郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大杉村の区域には大杉駅(土讃本線)があります。
「大豊町」という名前
「大豊」は、1955年(昭和30年)に東豊永村・西豊永村・大杉村・天坪村が合わさって大豊村が発足したとき、大杉の「大」と豊永の「豊」を取って付けた名前です。豊永は古くは「豊永郷」と呼ばれた地域で、四国山地を越えて土佐と阿波・伊予を結ぶ道が通っていました。1972年(昭和47年)4月1日に町制を施行して、大豊町になりました。
まちの成り立ち
大豊町は、高知県の北東部、四国山地の中央部にあり、町のほぼ中央を吉野川が流れます。町域の大部分は急峻な山地で、集落は川と支流の谷沿いや山腹に散らばっています。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、豊永郷から東豊永村・西豊永村・天坪村が、本山郷から東本山村が発足しました。東本山村は1918年(大正7年)7月16日に大杉村と改称しています。1955年(昭和30年)3月31日、東豊永村・西豊永村・大杉村・天坪村が合わさって大豊村が発足しました。翌1956年(昭和31年)9月1日に、旧天坪村の一部(上穴内・樫谷・繁藤・北滝本と角茂谷の一部)が土佐山田町に編入されました。1972年(昭和47年)4月1日に町制を施行し、大豊町になりました。高度経済成長のころから都市部への人口流出が進み、人口は大きく減りました。町内には国宝の豊楽寺薬師堂があり、碁石茶の伝承地として知られます。国道沿いには道の駅大杉があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、長岡郡に東豊永村・西豊永村・天坪村・東本山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1904年4月明治37年瓶岩村の一部(樫谷・穴内・繁藤・北滝本)が天坪村に、天坪村の一部(中村大王)が東本山村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1918年7月16日大正7年東本山村が改称して大杉村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年東豊永村・西豊永村・大杉村・天坪村が合併して大豊村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1956年9月1日昭和31年大豊村の一部(上穴内・樫谷・繁藤・北滝本と角茂谷の一部)が香美郡土佐山田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1972年4月1日昭和47年大豊村が町制を施行して大豊町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kochi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。