鹿児島県 › 霧島市

霧島市きりしまし

1920年には11の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の霧島市になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の霧島市

今の霧島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で123,135人です。今の区域で数えた1980年の102,157人とくらべると20.5%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.0%です。

123,135人人口(2020年)
+20.5%1980年からの増減
603.17km²面積(国土地理院)
204人/km²人口密度
28.0%65歳以上の割合
127,9121980199020052020
15歳未満 14.5%15〜64歳 57.5%65歳以上 28.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

霧島市のなりたち

霧島市(きりしまし)は、鹿児島県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。東襲山村・清水村・西襲山村・西国分村・東国分村・敷根村・牧園村・横川村・溝辺村・国分村・福山村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の霧島市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1926年(大正15年)4月1日に国分村が町になり、国分町となりました(町制施行)。1929年(昭和4年)10月10日に西国分村が町になり、隼人町となりました(町制施行)。1929年(昭和4年)11月1日に福山村が町になり、福山町となりました(町制施行)。1930年(昭和5年)1月1日に西襲山村が、名前を日当山村に変えました。1935年(昭和10年)2月16日に横川村が町になり、横川町となりました(町制施行)。1935年(昭和10年)4月1日に牧園村が町になり、牧園町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに国分町が市になり、国分市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)4月1日に東襲山村・清水村が合わさって、国分市が生まれました。1954年(昭和29年)4月1日に日当山村・隼人町が合わさって、隼人町が生まれました。1954年(昭和29年)5月10日に東国分村・敷根村が合わさって、国分市が生まれました。1958年ごろに霧島村が町になり、霧島町となりました(町制施行)。1958年ごろに隼人日当山町が、名前を隼人町に変えました。1959年(昭和34年)4月1日に溝辺村が町になり、溝辺町となりました(町制施行)。この時期だけで7回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)11月7日に牧園町・横川町・溝辺町・国分市・福山町・隼人町が合わさって、霧島市が生まれました。2005年(平成17年)11月7日に霧島町が市になり、霧島市となりました(市制施行)。

今の名前「霧島市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの11の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の牧園村が約124km²だったのに対し、今の霧島市は約574km²と、およそ4.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は姶良郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧敷根村の区域には敷根駅(大隅線)があります。旧牧園村の区域には牧園駅(肥薩線)があります。旧国分村の区域には国分駅(日豊本線)があります。

111920年の町村の数
4回合併・編入の回数
603km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1926年4月1日大正15年国分村が町になり、国分町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1929年10月10日昭和4年西国分村が町になり、隼人町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1929年11月1日昭和4年福山村が町になり、福山町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1930年1月1日昭和5年西襲山村が、名前を日当山村に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1935年2月16日昭和10年横川村が町になり、横川町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  6. 1935年4月1日昭和10年牧園村が町になり、牧園町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  7. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ国分町が市になり、国分市となった(市制施行)
  8. 1954年4月1日昭和29年東襲山村・清水村が合わさって、国分市が生まれた出典:wiki
  9. 1954年4月1日昭和29年日当山村・隼人町が合わさって、隼人町が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・wiki
  10. 1954年5月10日昭和29年東国分村・敷根村が合わさって、国分市が生まれた出典:wiki
  11. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ霧島村が町になり、霧島町となった(町制施行)
  12. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ隼人日当山町が、名前を隼人町に変えた
  13. 1959年4月1日昭和34年溝辺村が町になり、溝辺町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  14. 2005年11月7日平成17年牧園町・横川町・溝辺町・国分市・福山町・隼人町が合わさって、霧島市が生まれたe-Stat「国分市(46212)、溝辺町(46444)、横川町(46445)、牧園町(46448)、霧島町(46449)、隼人町(46450)、福山町(46451)が合併し、霧島市(46218)を新設」
  15. 2005年11月7日平成17年霧島町が市になり、霧島市となった(市制施行)e-Stat「国分市(46212)、溝辺町(46444)、横川町(46445)、牧園町(46448)、霧島町(46449)、隼人町(46450)、福山町(46451)が合併し、霧島市(46218)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

霧島村→霧島町→霧島市1889〜今
牧園村→牧園町1889〜2005同じ名前の駅:牧園駅
横川村→横川町1889〜2005
溝辺村→溝辺町1889〜2005
国分村→国分町→国分市1889〜2005同じ名前の駅:国分駅
東国分村1889〜1954
敷根村1889〜1954同じ名前の駅:敷根駅
東襲山村1889〜1954
清水村1889〜1954
福山村→福山町1889〜2005
隼人日当山町→隼人町1954〜2005
西襲山村→日当山村1889〜1954
西国分村→隼人町1889〜1954