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指宿市いぶすきし

1920年には3の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の指宿市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の指宿市

今の指宿市の区域の人口は、2020年の国勢調査で39,011人です。今の区域で数えた1980年の55,140人とくらべると29.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。

39,011人人口(2020年)
−29.3%1980年からの増減
148.82km²面積(国土地理院)
262人/km²人口密度
39.6%65歳以上の割合
55,1401980199020052020
15歳未満 11.7%15〜64歳 48.7%65歳以上 39.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

指宿市のなりたち

指宿市(いぶすきし)は、鹿児島県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。今和泉村・山川村・指宿村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の指宿市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1930年(昭和5年)1月1日に山川村が町になり、山川町となりました(町制施行)。1933年(昭和8年)5月1日に指宿村が町になり、指宿町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに指宿町が市になり、指宿市となりました(市制施行)。1954年(昭和29年)4月1日に今和泉村が合わさって、指宿市が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に利永村が、山川町に入りました(編入)。1955年(昭和30年)4月1日に利永村の一部が、開聞町に入りました。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)1月1日に山川町・開聞町が合わさって、指宿市が生まれました。

今の名前「指宿市」は、1920年にあった指宿村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の指宿村が約36km²だったのに対し、今の指宿市は約141km²と、およそ3.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は揖宿郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧山川村の区域には山川駅(指宿枕崎線)があります。

31920年の町村の数
4回合併・編入の回数
149km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

年表

  1. 1930年1月1日昭和5年山川村が町になり、山川町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1933年5月1日昭和8年指宿村が町になり、指宿町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ指宿町が市になり、指宿市となった(市制施行)
  4. 1954年4月1日昭和29年今和泉村が合わさって、指宿市が生まれた出典:wiki
  5. 1955年4月1日昭和30年利永村が、山川町に入った(編入)出典:wiki
  6. 1955年4月1日昭和30年利永村の一部が、開聞町に入った出典:wiki
  7. 2006年1月1日平成18年山川町・開聞町が合わさって、指宿市が生まれたe-Stat「指宿市(46210)、山川町(46322)、開聞町(46324)が合併し、指宿市を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

指宿村→指宿町→指宿市1889〜今
山川村→山川町1889〜2006同じ名前の駅:山川駅
利永村1889〜1955
開聞町1889〜2006同じ名前の駅:開聞駅
今和泉村1889〜1954