今の志布志市
今の志布志市の区域の人口は、2020年の国勢調査で29,329人です。今の区域で数えた1980年の38,404人とくらべると23.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.1%です。
志布志市のなりたち
志布志市(しぶしし)は、鹿児島県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。野方村・松山村・西志布志村・志布志町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の志布志市になりました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)4月1日に野方村の一部が、西志布志村に入りました。1958年(昭和33年)4月1日に松山村が町になり、松山町となりました(町制施行)。1958年(昭和33年)4月1日に西志布志村が町になり、有明町となりました(町制施行)。この時期だけで3回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)1月1日に松山町・有明町が合わさって、志布志市が生まれました。2006年(平成18年)1月1日に志布志町が市になり、志布志市となりました(市制施行)。
今の名前「志布志市」は、1920年にあった志布志町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の志布志町が約134km²だったのに対し、今の志布志市は約275km²と、およそ2.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は囎唹郡・曽於郡に属していました。
年表
- 1955年4月1日昭和30年野方村の一部が、西志布志村に入った出典:wiki
- 1958年4月1日昭和33年松山村が町になり、松山町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1958年4月1日昭和33年西志布志村が町になり、有明町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2006年1月1日平成18年松山町・有明町が合わさって、志布志市が生まれたe-Stat「松山町(46465)、志布志町(46466)、有明町(46467)が合併し、志布志市(46221)を新設」
- 2006年1月1日平成18年志布志町が市になり、志布志市となった(市制施行)e-Stat「松山町(46465)、志布志町(46466)、有明町(46467)が合併し、志布志市(46221)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。