鹿児島県 › 薩摩川内市

薩摩川内市さつませんだいし

1920年には17の町村だった区域が、9回の合併・編入を経て、今の薩摩川内市になりました。

17町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の薩摩川内市

今の薩摩川内市の区域の人口は、2020年の国勢調査で92,403人です。今の区域で数えた1980年の102,143人とくらべると9.5%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.4%です。

92,403人人口(2020年)
−9.5%1980年からの増減
682.87km²面積(国土地理院)
135人/km²人口密度
32.4%65歳以上の割合
108,1051980199020052020
15歳未満 13.9%15〜64歳 53.7%65歳以上 32.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

薩摩川内市のなりたち

薩摩川内市(さつませんだいし)は、鹿児島県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、17の町村がありました。平佐村・東水引村・隈之城村・西水引村・大村・黒木村・藺牟田村・高江村・永利村・下東郷村・高城村・上東郷村・上甑村・里村・樋脇村・入来村・下甑村です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の薩摩川内市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1929年(昭和4年)5月20日に平佐村・東水引村・隈之城村が合わさって、川内市が生まれました。1933年(昭和8年)4月1日に西水引村が、名前を水引村に変えました。1940年(昭和15年)11月10日に樋脇村が町になり、樋脇町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1948年(昭和23年)10月1日に入来村が町になり、入来町となりました(町制施行)。1951年(昭和26年)4月1日に水引村が、川内市に入りました(編入)。1952年(昭和27年)12月1日に上東郷村が町になり、東郷町となりました(町制施行)。1955年(昭和30年)4月1日に大村・黒木村・藺牟田村が合わさって、祁答院町が生まれました。1956年(昭和31年)9月30日に高江村・永利村が、川内市に入りました(編入)。1957年(昭和32年)4月1日に下東郷村の一部が、東郷町に入りました。1957年(昭和32年)4月1日に下東郷村が、高城村に入りました(編入)。1957年(昭和32年)4月1日に下東郷村の一部が、川内市に入りました。1960年(昭和35年)1月1日に高城村が町になり、高城町となりました(町制施行)。この時期だけで9回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1965年(昭和40年)4月15日に高城町が、川内市に入りました(編入)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2004年(平成16年)10月12日に東郷町・上甑村・里村・樋脇町・入来町・下甑村・川内市・鹿島村・祁答院町が合わさって、薩摩川内市が生まれました。

今の名前「薩摩川内市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの17の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の上東郷村が約72km²だったのに対し、今の薩摩川内市は約651km²と、およそ9.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は薩摩郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧隈之城村の区域には隈之城駅(鹿児島本線)があります。旧樋脇村の区域には樋脇駅(宮之城線)があります。旧入来村の区域には入来駅(宮之城線)があります。

171920年の町村の数
9回合併・編入の回数
683km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

年表

  1. 1929年5月20日昭和4年平佐村・東水引村・隈之城村が合わさって、川内市が生まれた出典:wiki
  2. 1933年4月1日昭和8年西水引村が、名前を水引村に変えた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1940年11月10日昭和15年樋脇村が町になり、樋脇町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1948年10月1日昭和23年入来村が町になり、入来町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1951年4月1日昭和26年水引村が、川内市に入った(編入)出典:wiki
  6. 1952年12月1日昭和27年上東郷村が町になり、東郷町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  7. 1955年4月1日昭和30年大村・黒木村・藺牟田村が合わさって、祁答院町が生まれた出典:wiki
  8. 1956年9月30日昭和31年高江村・永利村が、川内市に入った(編入)出典:wiki
  9. 1957年4月1日昭和32年下東郷村の一部が、東郷町に入った出典:wiki
  10. 1957年4月1日昭和32年下東郷村が、高城村に入った(編入)出典:wiki
  11. 1957年4月1日昭和32年下東郷村の一部が、川内市に入った出典:wiki
  12. 1960年1月1日昭和35年高城村が町になり、高城町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  13. 1965年4月15日昭和40年高城町が、川内市に入った(編入)出典:wiki
  14. 2004年10月12日平成16年東郷町・上甑村・里村・樋脇町・入来町・下甑村・川内市・鹿島村・祁答院町が合わさって、薩摩川内市が生まれたe-Stat「川内市(46202)、樋脇町(46381)、入来町(46382)、東郷町(46383)、祁答院町(46387)、里村(46388)、上甑村(46389)、下甑村(46390)、鹿島村(46391)が合併し、薩摩川内市(46215)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

薩摩川内市2004〜今
上東郷村→東郷町1889〜2004
下東郷村1889〜1957
上甑村1889〜2004
里村1891〜2004
樋脇村→樋脇町1889〜2004同じ名前の駅:樋脇駅
入来村→入来町1889〜2004同じ名前の駅:入来駅
下甑村1889〜2004
川内市1929〜2004同じ名前の駅:川内駅
高城村→高城町1889〜1965
高江村1889〜1956
永利村1889〜1956
西水引村→水引村1891〜1951
平佐村1889〜1929
東水引村1891〜1929
隈之城村1889〜1929同じ名前の駅:隈之城駅
鹿島村1889〜2004
祁答院町1955〜2004
大村1889〜1955
黒木村1889〜1955
藺牟田村1889〜1955