今の日置市
今の日置市の区域の人口は、2020年の国勢調査で47,153人です。今の区域で数えた1980年の52,022人とくらべると9.4%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.3%です。
日置市のなりたち
日置市(ひおきし)は、鹿児島県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。永吉村・伊作村・日置村・吉利村・下伊集院村・東市来村・中伊集院村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の日置市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1922年(大正11年)4月1日に中伊集院村が町になり、伊集院町となりました(町制施行)。1922年(大正11年)12月1日に伊作村が町になり、伊作町となりました(町制施行)。1937年(昭和12年)4月1日に東市来村が町になり、東市来町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)4月1日に永吉村・伊作町が合わさって、吹上町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に日置村・吉利村が合わさって、日吉町が生まれました。1956年(昭和31年)9月30日に下伊集院村の一部が、東市来町に入りました。1956年(昭和31年)9月30日に下伊集院村が、伊集院町に入りました(編入)。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)5月1日に東市来町・伊集院町・吹上町・日吉町が合わさって、日置市が生まれました。
今の名前「日置市」は、1920年にあった日置市の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の日置村が約16km²だったのに対し、今の日置市は約241km²と、およそ14.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は日置郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、日置郡は2005年(平成17年)11月7日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧東市来村の区域には東市来駅(鹿児島本線)があります。
年表
- 1922年4月1日大正11年中伊集院村が町になり、伊集院町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1922年12月1日大正11年伊作村が町になり、伊作町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1937年4月1日昭和12年東市来村が町になり、東市来町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年4月1日昭和30年永吉村・伊作町が合わさって、吹上町が生まれた出典:wiki
- 1955年4月1日昭和30年日置村・吉利村が合わさって、日吉町が生まれた出典:wiki
- 1956年9月30日昭和31年下伊集院村の一部が、東市来町に入った出典:wiki
- 1956年9月30日昭和31年下伊集院村が、伊集院町に入った(編入)出典:wiki
- 2005年5月1日平成17年東市来町・伊集院町・吹上町・日吉町が合わさって、日置市が生まれたe-Stat「東市来町(46362)、伊集院町(46363)、日吉町(46366)、吹上町(46367)が合併し、日置市(46216)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。