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三田市さんだし

1920年には8の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の三田市になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の三田市

兵庫県南東部、六甲山地の北側に位置し、武庫川流域に市街地と田園が広がる市です。南部には九鬼氏の城下町を引き継ぐ旧市街とニュータウンがあり、周囲の農村では米や母子茶、三田牛などが生産されています。有馬富士公園や花山院、旧九鬼家住宅資料館などがあり、自然と城下町の歴史に触れられます。工業団地も整備され、住宅地、農村、工業地が共存しています。

今の三田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で109,238人です。今の区域で数えた1980年の36,529人とくらべると199.0%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.5%です。

109,238人人口(2020年)
+199.0%1980年からの増減
210.32km²面積(国土地理院)
519人/km²人口密度
26.5%65歳以上の割合
114,2161980199020052020
15歳未満 12.8%15〜64歳 60.6%65歳以上 26.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業・サービス業や工業団地の製造業に加え、三田米・母子茶・三田牛の生産が行われています。

特産品・名産

  • 三田米武庫川流域などで育てられる米
  • 三田牛地域を代表する畜産物
  • 母子茶北部の母子地区で栽培される茶

見どころ・祭り

  • 有馬富士公園有馬富士周辺に広がる公園
  • 旧九鬼家住宅資料館九鬼氏ゆかりの住宅を公開する施設
  • 花山院花山法皇ゆかりの山寺
  • 心月院三田藩主九鬼家ゆかりの寺院

木赤松花さつき三田市の木・花

三田市のなりたち

三田市(さんだし)は、兵庫県阪神北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。中野村・貴志村・藍村・本庄村・小野村・高平村・三輪村・三田町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の三田市になりました。

今の名前「三田市」は、1920年にあった三田町の名前を受け継いでいます。ほかの7の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の三田町が約10km²だったのに対し、今の三田市は約207km²と、およそ21.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は有馬郡に属していました。

81920年の町村の数
3回合併・編入の回数
210km²今の面積
1957年いちばん新しい合併

「三田市」という名前

「三田」の語源には、金心寺に伝わる弥勒菩薩像に結び付け、恩田・悲田・敬田という三つの福田にちなむとする説があります。ただし、地名の詳しい成り立ちははっきりしていません。室町時代の1466年の古文書には三田村の名が見え、江戸時代初期には「さんだ」と読まれていました。城下町の三田町を経て、周辺町村との合併後も三田の名が受け継がれています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、有馬郡に三田町・三輪村・貴志村・中野村・小野村・藍村・本庄村、川辺郡に高平村が発足しました。三田町は、江戸時代に九鬼氏の城下町として栄えた地域を中心とする町でした。高平村は1896年に有馬郡へ移り、三輪村は1927年に三輪町となります。

1943年12月20日には貴志村が分かれ、下深田・上深田・池尻・貴志が三田町へ編入されました。貴志村の残る区域は中野村と合併し、広野村が発足しました。昭和の大合併では、まず1956年3月31日に藍村と本庄村が合併して相野町が生まれます。同年9月30日には三田町・三輪町・広野村・小野村・高平村が合併し、改めて三田町となりました。1957年7月18日に相野町を編入した三田町は、1958年7月1日に市制を施行して三田市となりました。

城下町と農村を合わせた市は、1981年に北摂三田ニュータウンへの入居が始まると、住宅都市として大きく発展しました。現在も三輪や高平、藍などの地域名が残り、市街地の周囲には米や茶、三田牛などを育む田園が広がっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、有馬郡に三田町・三輪村・貴志村・中野村・小野村・藍村・本庄村、川辺郡に高平村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
  2. 1896年4月1日明治29年川辺郡高平村の所属郡が有馬郡に変更された。種類:郡の変更 出典:www.sichouyouran.jp
  3. 1927年4月1日昭和2年有馬郡三輪村が町制を施行し、三輪町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
  4. 1943年12月20日昭和18年有馬郡貴志村が分割され、下深田・上深田・池尻・貴志が三田町に編入され、残りの区域が中野村と合併して広野村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  5. 1956年3月31日昭和31年有馬郡藍村・本庄村が合併し、相野町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
  6. 1956年9月30日昭和31年有馬郡三田町・三輪町・広野村・小野村・高平村が合併し、改めて三田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
  7. 1957年7月18日昭和32年有馬郡相野町が三田町に編入された。種類:編入 出典:www.sichouyouran.jp
  8. 1958年7月1日昭和33年有馬郡三田町が市制を施行し、三田市となった。種類:市制施行 出典:www.sichouyouran.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

三田町→三田市1889〜今
相野町1956〜1957同じ名前の駅:相野駅
藍村1889〜1956
本庄村1889〜1956
小野村1889〜1956
高平村1889〜1956
三輪村→三輪町1889〜1956
広野村1943〜1956同じ名前の駅:広野駅
中野村1889〜1943
貴志村1889〜1943

参考にした資料