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加東市かとうし

1920年には9の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の加東市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の加東市

加東市は兵庫県北播磨地域にあり、社・滝野・東条の3地域からなるまちです。中国自動車道が東西に通り、工業団地では製造業や流通業が営まれています。播州針や鯉のぼりなどの伝統産業があり、農村部では酒米の山田錦やもち麦を栽培しています。加古川の岩場が続く闘竜灘、東条湖、三草山などの景観があり、東条湖おもちゃ王国や加東アート館にも人が訪れます。

今の加東市の区域の人口は、2020年の国勢調査で40,645人です。今の区域で数えた1980年の34,275人とくらべると18.6%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.1%です。

40,645人人口(2020年)
+18.6%1980年からの増減
157.55km²面積(国土地理院)
258人/km²人口密度
27.1%65歳以上の割合
40,6881980199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 60.0%65歳以上 27.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製造業・流通業に加え、播州針などの伝統産業や山田錦・もち麦の栽培が盛んです。

特産品・名産

  • 播州針地域に受け継がれる釣り針
  • 山田錦日本酒の原料となる酒造好適米
  • もち麦地域で栽培される品種キラリモチ

見どころ・祭り

  • 闘竜灘加古川の流れと岩場がつくる景観
  • 東条湖東条地域に広がる湖
  • 東条湖おもちゃ王国子ども向けの遊具などがある施設
  • 加東アート館トリックアートなどに触れる施設

木さくら花コスモス加東市の木・花

加東市のなりたち

加東市(かとうし)は、兵庫県北播磨地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。加茂村・鴨川村・上福田村・米田村・福田村・上東條村・中東條村・滝野村・社町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の加東市になりました。

今の名前「加東市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の上東條村が約28km²だったのに対し、今の加東市は約155km²と、およそ5.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は加東郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、加東郡は2006年(平成18年)3月20日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧滝野村の区域には滝野駅(加古川線)があります。

91920年の町村の数
4回合併・編入の回数
158km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「加東市」という名前

「加東」は、社町・滝野町・東条町が属していた加東郡から受け継いだ市名です。郡の名は、古代の賀茂郡が東西に分かれた歴史に結び付いています。西側に加西郡、東側に加東郡が置かれました。2006年の3町の合併で、地域に使われてきた加東の名が市の名前になりました。合併によって加東郡は消滅し、その名は市名として続いています。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制施行で、加東郡に社村・福田村・上福田村・米田村・鴨川村・滝野村・加茂村・上東条村・中東条村が発足しました。1912年6月1日に社村が町となり、滝野村も大正時代に町制を施行しました。昭和の大合併では1954年3月31日、滝野町と加茂村が合併し、改めて滝野町が発足しました。翌1955年3月31日には社町・福田村・米田村・上福田村・鴨川村が合併して新たな社町となり、上東条村・中東条村は東条町となりました。こうして地域は社・滝野・東条の3町にまとまりました。1956年4月1日には社町の古川・久保木が小野市へ移りました。加古川沿いの闘竜灘を持つ滝野、社を中心とする地域、東条湖周辺の東条は、それぞれの特色を持つ町として歩みました。2006年3月20日に3町が新設合併し、加東市が誕生しました。現在は中国自動車道のインターチェンジを持つ交通の要衝で、工業団地の製造業・流通業と、酒米などを育てる農業が共に営まれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、加東郡社村・福田村・上福田村・米田村・鴨川村・滝野村・加茂村・上東条村・中東条村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
  2. 1912年6月1日明治45年加東郡社村が町制を施行し、社町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
  3. 1924年4月1日大正13年加東郡滝野村が町制を施行し、滝野町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
  4. 1954年3月31日昭和29年加東郡滝野町・加茂村が合併し、改めて滝野町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1955年3月31日昭和30年加東郡社町・福田村・米田村・上福田村・鴨川村が合併し、改めて社町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1955年3月31日昭和30年加東郡上東条村・中東条村が合併し、東条町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1956年4月1日昭和31年加東郡社町の一部である古川・久保木が小野市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.ono.hyogo.jp
  8. 2006年3月20日平成18年加東郡社町・滝野町・東条町が新設合併し、加東市が発足して加東郡が消滅した。種類:新設合併 出典:www.e-stat.go.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

加東市2006〜今
滝野村→滝野町1889〜2006同じ名前の駅:滝野駅
加茂村1889〜1954
社町1912〜2006
鴨川村1889〜1955
上福田村1889〜1955
米田村1889〜1955
福田村1889〜1955
東條町→東条町1955〜2006
上東條村1889〜1955
中東條村1889〜1955

参考にした資料