今の加西市
加西市は兵庫県北播磨地域のまちです。万願寺川などの流域に田園が広がり、青野ケ原や鶉野の台地にはため池が点在します。家電製品や蓄電池、金属製品の製造が行われ、播州織の産地でもあります。農業では加西ゴールデンベリーAなどのぶどうや米、野菜を生産しています。鶉野飛行場跡のsoraかさい、県立フラワーセンター、玉丘史跡公園など、歴史や花に触れられる場所があります。
今の加西市の区域の人口は、2020年の国勢調査で42,700人です。今の区域で数えた1980年の51,051人とくらべると16.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.8%です。
主な産業:家電製品・蓄電池・金属製品の製造や播州織、米・ぶどうの生産が行われています。
特産品・名産
- 加西ゴールデンベリーA加西で栽培される地域ブランドのぶどう
- 加西米市内で生産される米
- 加西とまと地域の農地で育てるトマト
見どころ・祭り
- soraかさい・鶉野飛行場跡旧飛行場の歴史を伝える施設と遺構
- 兵庫県立フラワーセンター季節の花を観賞できる植物園
- 玉丘史跡公園古墳の残る史跡公園
- 五百羅漢多様な表情の石仏が並ぶ
木カシ花サルビア加西市の木・花
加西市のなりたち
加西市(かさいし)は、兵庫県北播磨地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。富田村・賀茂村・下里村・西在田村・在田村・多加野村・富合村・九会村・北條町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の加西市になりました。
今の名前「加西市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の九会村が約25km²だったのに対し、今の加西市は約149km²と、およそ5.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は加西郡に属していました。
「加西市」という名前
「加西」は、合併前の3町が属していた加西郡の名を受け継いだ市名です。加西郡と加東郡は、古代の賀茂郡が分かれて生まれた郡です。1967年に北条町・泉町・加西町がまとまる際には、「加西郡は一つ」という考え方が掲げられました。合併した町の一つにも加西町があり、広い地域を示してきた加西の名が、新たな市の名前になりました。
まちの成り立ち
1889年4月1日の町村制施行で、現在の加西市域には加西郡北条町・富田村・賀茂村・下里村・九会村・富合村・多加野村・西在田村・在田村の1町8村が発足しました。北条は周辺地域の中心として発展し、その外側には田園やため池の多い地域が広がっていました。昭和の大合併では、まず1955年1月15日に北条町・富田村・賀茂村・下里村が新設合併し、改めて北条町が発足しました。同年3月1日には多加野村・西在田村・在田村が合併して泉町となり、3月30日には九会村・富合村が合併して加西町となりました。明治の1町8村は、北条・泉・加西の3町へとまとまりました。1967年4月1日、この3町が新設合併し、県内で21番目の市となる加西市が誕生しました。この合併によって加西郡は消滅しました。市には、播州織の産地としての歩みと、家電製品や蓄電池などの製造業が育ってきました。北条鉄道の沿線には田園が続き、旧町村の地域を結びながら、農業と工業が共に営まれるまちになっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、加西郡北条町・富田村・賀茂村・下里村・九会村・富合村・多加野村・西在田村・在田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年1月15日昭和30年加西郡北条町・富田村・賀茂村・下里村が新設合併し、改めて北条町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年加西郡多加野村・西在田村・在田村が合併し、泉町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月30日昭和30年加西郡九会村・富合村が合併し、加西町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1967年4月1日昭和42年加西郡北条町・泉町・加西町が新設合併し、加西市が発足して加西郡が消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。