兵庫県 › 三木市

三木市みきし

1920年には9の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の三木市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の三木市

三木市は兵庫県北播磨地域にあり、美嚢川沿いの城下町を受け継ぐまちです。のこぎりやのみなどを作る金物の産地で、農村部では酒米の山田錦や果物が栽培されています。南部には住宅地が広がり、吉川地区には田園とゴルフ場が点在します。三木城跡と付城跡群は三木合戦を伝える国史跡です。山田錦の郷や三木ホースランドパークなど、地域の産業や自然に触れる施設もあります。

今の三木市の区域の人口は、2020年の国勢調査で75,294人です。今の区域で数えた1980年の78,297人とくらべると3.8%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.3%です。

75,294人人口(2020年)
−3.8%1980年からの増減
176.51km²面積(国土地理院)
427人/km²人口密度
35.3%65歳以上の割合
86,5621980199020052020
15歳未満 11.0%15〜64歳 53.8%65歳以上 35.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:金物の製造・販売や、酒米の山田錦の生産、ゴルフ場の運営が盛んです。

特産品・名産

  • 三木金物大工道具を中心とする地域の金物
  • 山田錦吉川地区などで栽培される酒造好適米
  • ぶどう市内で栽培される果物

見どころ・祭り

  • 三木城跡と付城跡群三木合戦の跡を伝える国史跡
  • 三木ホースランドパーク馬に親しむことのできる施設
  • 山田錦の郷山田錦の館と吉川温泉よかたんがある

木松花さつき三木市の木・花

三木市のなりたち

三木市(みきし)は、兵庫県北播磨地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。久留美村・口吉川村・細川村・別所村・志染村・北谷村・中吉川村・奥吉川村・三木町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の三木市になりました。

今の名前「三木市」は、1920年にあった三木町の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の三木町が約8km²だったのに対し、今の三木市は約174km²と、およそ21.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は美のう郡・美嚢郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、美嚢郡は2005年(平成17年)10月24日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧別所村の区域には別所駅(三木鉄道 三木線)があります。

91920年の町村の数
5回合併・編入の回数
177km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「三木市」という名前

「三木」の由来には、水辺の地名から変化したとする説と、神功皇后に酒を差し出したという伝承に結び付ける説があります。前者は、水の流れや水際に関わる「ミナギ」が美嚢を経て三木に転じたとするものです。後者は「御酒」が「三木」になったと伝えます。古くからの三木の名は、城下町から近代の三木町へ受け継がれ、1954年に誕生した市の名前にもなりました。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制施行で、美嚢郡に三木町・別所村・久留美村・志染村・細川村・口吉川村・奥吉川村・中吉川村・北谷村などが発足しました。三木の中心部は城下町を受け継ぎ、大工道具などの金物生産で発展してきました。1951年3月15日、三木町は久留美村を編入しました。1954年6月1日には三木町・別所村・細川村・口吉川村が新設合併し、三木市が誕生しました。続く7月1日には、この三木市と志染村が新設合併し、改めて三木市が発足しました。北東部では1955年7月1日、奥吉川村・中吉川村・北谷村が合併して吉川町となりました。吉川の田園は酒米の山田錦を育て、金物のまち三木とは異なる産業の特色を受け継いできました。1970年代以降、三木市では神戸方面と結ばれた丘陵地に住宅地が広がりました。2005年10月24日には美嚢郡吉川町を三木市に編入し、現在の市域となりました。金物の産地と住宅地、酒米を育てる農村が一つの市を形づくっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、美嚢郡三木町・別所村・久留美村・志染村・細川村・口吉川村・奥吉川村・中吉川村・北谷村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
  2. 1951年3月15日昭和26年美嚢郡久留美村が同郡三木町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  3. 1954年6月1日昭和29年美嚢郡三木町・別所村・口吉川村・細川村が新設合併し、三木市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.miki.lg.jp
  4. 1954年7月1日昭和29年三木市と美嚢郡志染村が新設合併し、改めて三木市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.miki.lg.jp
  5. 1955年7月1日昭和30年美嚢郡奥吉川村・中吉川村・北谷村が合併し、吉川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 2005年10月24日平成17年美嚢郡吉川町が三木市に編入され、美嚢郡が消滅した。種類:編入 出典:www.city.miki.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

三木町→三木市1889〜今
吉川町1955〜2005
北谷村1889〜1955
中吉川村1889〜1955
奥吉川村1889〜1955
志染村1889〜1954
口吉川村1889〜1954
細川村1889〜1954
別所村1889〜1954同じ名前の駅:別所駅
久留美村1889〜1951

参考にした資料