今の豊岡市
兵庫県北東部にあり、北は日本海、東は京都府に接する市です。中央部を円山川が流れ、流域に盆地と田園が広がっています。城崎温泉、出石の城下町、竹野の海岸、神鍋高原など、海から山まで異なる風景があります。かばんづくりが地場産業として根づき、農林水産業や観光業も盛んです。コウノトリの野生復帰に取り組み、鳥が暮らせる環境づくりを進めています。
今の豊岡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で77,489人です。今の区域で数えた1980年の96,448人とくらべると19.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.4%です。
主な産業:かばんや出石焼の生産、農林水産業、温泉地・海岸・高原を生かした観光業が盛んです。
特産品・名産
- 豊岡鞄地域のかばん産業から生まれる製品
- 津居山かに津居山港で水揚げされるカニ
- コウノトリ育むお米コウノトリとの共生を目指す米
見どころ・祭り
- 城崎温泉円山川下流域にある温泉地
- 出石城下町城下町の町並みが残る地域
- 竹野浜日本海に面する海水浴場
- 神鍋高原スキーなどを楽しめる高原
木やなぎ花チューリップ鳥コウノトリ豊岡市の木・花・鳥
豊岡市のなりたち
豊岡市(とよおかし)は、兵庫県但馬地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、29の町村がありました。八条村・田鶴野村・三江村・五荘村・新田村・中筋村・内川村・宿南村・中竹野村・奥竹野村・三椒村・西気村・国府村・八代村・清滝村・三方村・港村・奈佐村・資母村・合橋村・高橋村・神美村・小坂村・室埴村・竹野村・城崎町・日高村・出石町・豊岡町です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の豊岡市になりました。
今の名前「豊岡市」は、1920年にあった豊岡町の名前を受け継いでいます。ほかの28の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は出石郡・城崎郡・養父郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、出石郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました、城崎郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました、養父郡は2004年(平成16年)4月1日に廃止されました。
「豊岡市」という名前
市名は、中心市街地にある旧豊岡市の名を引き継いでいます。「豊岡」という地名は、戦国時代に宮部継潤が城崎荘を改めて名づけたとされます。江戸時代には豊岡藩の城下町となり、明治には豊岡県の県庁が置かれました。1950年(昭和25年)の市の発足と、2005年(平成17年)の1市5町による合併でも、この名が使われています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、今の市域には城崎郡の豊岡町・湯島村、気多郡の日高村、美含郡の竹野村、出石郡の出石町などが置かれました。1895年に湯島村は城崎町となり、翌年には城崎・美含・気多の3郡が統合されます。豊岡町は1933年に八条村と新田村の一部、1943年に田鶴野村・三江村を編入しました。
1950年(昭和25年)4月1日、豊岡町・五荘村・新田村・中筋村が合併して豊岡市が発足します。昭和の大合併では、周辺でも城崎町・竹野村・日高町が新たに発足しました。豊岡市は1955年に奈佐村・港村を編入しています。1956年には出石郡の3村が但東町をつくり、1957年には出石町・室埴村・小坂村と神美村の一部が合併しました。神美村の残りは豊岡市へ移り、翌年には日高町の上佐野も加わりました。
2005年(平成17年)4月1日、豊岡市と城崎町・竹野町・日高町・出石町・但東町が合併し、現在の豊岡市が誕生しました。同年9月にはコウノトリの放鳥が始まっています。円山川流域の市街地から日本海沿岸、温泉地、城下町、高原までを含むまちとなり、地域ごとの産業と暮らしを受け継いでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、城崎郡に豊岡町・八条村・新田村・三江村・田鶴野村・五荘村・奈佐村・内川村・湯島村・港村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、気多郡に中筋村・国府村・八代村・日高村・三方村・西気村・三椒村、美含郡に竹野村・中竹野村・奥竹野村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、出石郡に出石町・室埴村・小坂村・神美村・合橋村・高橋村・資母村、養父郡に宿南村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
- 1895年3月15日明治28年城崎郡湯島村が町制を施行するとともに改称し、城崎町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
- 1896年4月1日明治29年城崎郡・美含郡・気多郡の区域で改めて城崎郡が発足し、旧美含郡・旧気多郡の各村は城崎郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1904年12月15日明治37年城崎郡西気村の一部が分立し、清滝村が発足した。種類:分割 出典:www.sichouyouran.jp
- 1925年11月1日大正14年城崎郡日高村が町制を施行し、日高町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
- 1933年4月1日昭和8年城崎郡八条村と新田村の一部(立野)が豊岡町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年4月1日昭和18年城崎郡田鶴野村が豊岡町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年8月1日昭和18年城崎郡三江村が豊岡町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1950年4月1日昭和25年城崎郡の豊岡町・五荘村・新田村・中筋村が合併し、豊岡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
- 1955年2月1日昭和30年城崎郡の城崎町・内川村が合併し、改めて城崎町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
- 1955年2月1日昭和30年養父郡宿南村の一部(赤崎・浅倉)が城崎郡日高町に編入された。種類:一部編入 出典:www.sichouyouran.jp
- 1955年3月3日昭和30年城崎郡の竹野村・中竹野村・奥竹野村・三椒村が合併し、改めて竹野村が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
- 1955年3月25日昭和30年城崎郡の日高町・国府村・八代村・三方村・清滝村・西気村が合併し、改めて日高町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
- 1955年4月1日昭和30年城崎郡の奈佐村・港村が豊岡市に編入された。種類:編入 出典:www.sichouyouran.jp
- 1956年9月30日昭和31年出石郡の資母村・合橋村・高橋村が合併し、但東町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
- 1957年4月1日昭和32年城崎郡竹野村が町制を施行し、竹野町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
- 1957年9月1日昭和32年出石郡神美村の一部(奥野・市場・三宅・森尾・立石・香住・下鉢山・上鉢山・長谷・倉見)が豊岡市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1957年9月1日昭和32年出石郡の出石町・室埴村・小坂村と神美村の残部(宮内・坪井・袴狭・口小野・奥小野・安良・田多地)が合併し、改めて出石町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1958年1月1日昭和33年城崎郡日高町の一部(上佐野)が豊岡市に編入された。種類:一部編入 出典:www.sichouyouran.jp
- 2005年4月1日平成17年豊岡市と城崎郡の城崎町・竹野町・日高町、出石郡の出石町・但東町が合併し、改めて豊岡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.toyooka.lg.jp/shisei/shinoshokai/1023950/1023568/
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%B1%8A%E5%B2%A1%E5%B8%82&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9F%8E%E5%B4%8E%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%87%BA%E7%9F%B3%E9%83%A1&action=raw
- www.sichouyouran.jp/wp-content/uploads/2026/04/youran2026_gaiyo_08tajima.pdf
- www.sichouyouran.jp/wp-content/uploads/2026/03/youran2026_sanko_2.pdf
- www.city.toyooka.lg.jp/shisei/shinoshokai/rekishi/1002340.html