兵庫県 › 宍粟市

宍粟市しそうし

1920年には16の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の宍粟市になりました。

16町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の宍粟市

兵庫県の中西部、中国山地に広がる森林の多い市です。揖保川と千種川の源流域を抱え、北部には氷ノ山や三室山、後山などの山々がそびえます。山崎は中国自動車道と国道29号が交わる交通の要所です。森林資源を生かす木材や木工製品の生産が盛んで、農業や手延素麺づくりも行われます。原不動滝や赤西渓谷、音水湖など、山と川に結びついた景観が市内に点在しています。

今の宍粟市の区域の人口は、2020年の国勢調査で34,819人です。今の区域で数えた1980年の36,869人とくらべると5.6%減り、人口は2005年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.4%です。

34,819人人口(2020年)
−5.6%1980年からの増減
658.54km²面積(国土地理院)
53人/km²人口密度
36.4%65歳以上の割合
43,3021980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 52.1%65歳以上 36.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林業・木材業・木工品の生産を中心に、農業や手延素麺づくりが営まれています。

特産品・名産

  • 宍粟材森林資源を生かして生産される木材
  • 手延そうめん揖保乃糸市内で生産される手延素麺
  • 宍粟牛市の特産として提供される黒毛和牛

見どころ・祭り

  • 原不動滝日本の滝百選に選ばれた滝
  • 最上山公園もみじ山山崎の紅葉の名所
  • 大歳神社千年藤地域で受け継がれる藤
  • 天児屋鉄山跡たたら製鉄の歴史を伝える遺跡

木ブナ花ササユリ宍粟市の木・花

宍粟市のなりたち

宍粟市(しそうし)は、兵庫県西播磨地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。菅野村・蔦沢村・土万村・神野村・河東村・城下村・戸原村・下三方村・染河内村・神戸村・繁盛村・三方村・奥谷村・西谷村・千種村・山崎町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の宍粟市になりました。

今の名前「宍粟市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの16の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の奥谷村が約115km²だったのに対し、今の宍粟市は約651km²と、およそ5.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は宍粟郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宍粟郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。

161920年の町村の数
6回合併・編入の回数
659km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「宍粟市」という名前

「宍粟」は、旧郡名の宍粟を受け継いだ市名です。『播磨国風土記』には、伊和大神が国づくりを終えて巡る途中、大きな鹿に出会ったことから「宍禾」と名づけたという伝承があります。「宍」は肉、「禾」は穀物を表すため、狩猟と農耕の土地にちなむという説明も伝わります。2005年(平成17年)の四町合併では、この歴史ある地域名を市の名前としました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、現在の市域には宍粟郡山崎町と城下村・戸原村・河東村・蔦沢村・神野村・神戸村・染河内村・下三方村・三方村・繁盛村・西谷村・奥谷村・千種村・土万村・菅野村が発足しました。1939年には菅野村の奥小屋が揖保郡西栗栖村へ移り、1954年に菅野村が山崎町へ編入されています。

1955年7月20日、山崎町・城下村・戸原村・河東村・神野村・蔦沢村・土万村が新設合併し、改めて山崎町となりました。1956年4月には神戸村・染河内村・下三方村から一宮町が生まれ、同年9月には一宮町・三方村・繁盛村が合併して新しい一宮町が発足します。同じ日に西谷村と奥谷村から波賀町が誕生しました。千種村は1960年に町制を施行しています。

2005年4月1日、山崎町・一宮町・波賀町・千種町が新設合併し、宍粟市が生まれました。揖保川流域の山崎・一宮・波賀と、千種川流域の千種が一つの市にまとまります。町の名前はそれぞれ地域名として残り、木材や木工品の生産、農業、素麺づくりなどの産業が各地で営まれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制により、宍粟郡に山崎町・城下村・戸原村・河東村・蔦沢村・神野村・神戸村・染河内村・下三方村・三方村・繁盛村・西谷村・奥谷村・千種村・土万村・菅野村が発足した。種類:町村制 出典:www.sichouyouran.jp
  2. 1939年4月1日昭和14年宍粟郡菅野村の一部(奥小屋)が揖保郡西栗栖村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1954年10月1日昭和29年宍粟郡菅野村が山崎町に編入された。種類:編入 出典:www.sichouyouran.jp
  4. 1955年7月20日昭和30年宍粟郡山崎町・城下村・戸原村・河東村・神野村・蔦沢村・土万村が合併し、改めて山崎町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1956年4月1日昭和31年宍粟郡神戸村・染河内村・下三方村が合併し、一宮町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
  6. 1956年9月30日昭和31年宍粟郡一宮町・三方村・繁盛村が合併し、改めて一宮町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1956年9月30日昭和31年宍粟郡西谷村・奥谷村が合併し、波賀町が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp
  8. 1960年1月1日昭和35年宍粟郡千種村が町制を施行し、千種町となった。種類:町制施行 出典:www.sichouyouran.jp
  9. 2005年4月1日平成17年宍粟郡山崎町・一宮町・波賀町・千種町が合併し、宍粟市が発足した。種類:新設合併 出典:www.sichouyouran.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

宍粟市2005〜今
千種村→千種町1889〜2005
山崎町1889〜2005
蔦沢村1889〜1955
土万村1889〜1955
神野村1889〜1955
河東村1889〜1955
城下村1889〜1955
戸原村1889〜1955
菅野村1889〜1954
一宮町1956〜2005
繁盛村1889〜1956
三方村1889〜1956
下三方村1889〜1956
染河内村1889〜1956
神戸村1889〜1956
波賀町1956〜2005
奥谷村1889〜1956
西谷村1889〜1956

参考にした資料