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富士市ふじし

1920年には15の町村だった区域が、10回の合併・編入を経て、今の富士市になりました。

15町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の富士市

静岡県の東部で駿河湾に面し、北に富士山、東に愛鷹山を望むまちです。西の端を富士川が流れ、潤井川なども市内を通ります。江戸時代には東海道の吉原宿がありました。富士山の伏流水や富士川の水を使う製紙業が古くから盛んで、全国でも有数の紙のまちです。田子の浦港は重要港湾で、しらす漁の拠点でもあります。

今の富士市の区域の人口は、2020年の国勢調査で245,392人です。今の区域で数えた1980年の222,488人とくらべると10.3%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.4%です。

245,392人人口(2020年)
+10.3%1980年からの増減
244.94km²面積(国土地理院)
1,002人/km²人口密度
28.4%65歳以上の割合
254,0271980199020052020
15歳未満 12.5%15〜64歳 59.1%65歳以上 28.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:製紙・パルプ工業が中心で、茶・梨・イチゴの農業、しらす漁も行われます。

特産品・名産

  • しらす田子の浦の漁業特産物
  • 富士のやぶ北茶市が普及を目指す茶のブランド
  • トイレットペーパー全国の生産の3分の1ほどを占める紙製品

見どころ・祭り

  • 古谿荘田中光顕の旧別邸。国の重要文化財
  • 浅間古墳国指定史跡の古墳
  • 富士山かぐや姫ミュージアム富士市立の博物館
  • 須津川渓谷市の東部にある紅葉の名所
  • 田子の浦港駿河湾に面した重要港湾

木クスノキ花バラ富士市の木・花

富士市のなりたち

富士市(ふじし)は、静岡県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、15の町村がありました。島田村・伝法村・今泉村・岩松村・田子浦村・吉永村・須津村・原田村・元吉原村・大淵村・松野村・鷹岡村・吉原町・富士川町・加島村です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の富士市になりました。

今の名前「富士市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの15の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の加島村が約8km²だったのに対し、今の富士市は約243km²と、およそ31.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は富士郡・庵原郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、富士郡は2010年(平成22年)3月23日に廃止されました、庵原郡は2008年(平成20年)11月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧吉原町の区域には吉原駅(東海道本線)があります。旧富士川町の区域には富士川駅(東海道本線)があります。

151920年の町村の数
10回合併・編入の回数
245km²今の面積
2008年いちばん新しい合併

「富士市」という名前

市の名前は、1929年(昭和4年)に富士郡加島村が町制を施行するとともに名を改めた「富士町」に始まります。富士町は1954年(昭和29年)に田子浦村・岩松村と合併して富士市となり、1966年(昭和41年)に吉原市・鷹岡町と合併したときも、富士市の名が引き継がれました。「富士」は、奈良時代からこの地を指した富士郡の名でもあります。加島村が富士町の名を選んだ理由ははっきりしていません。

まちの成り立ち

奈良時代、今の富士市と富士宮市のあたりは駿河国富士郡となり、郡の役所は伝法に置かれました。江戸時代には東海道の吉原宿がにぎわい、和紙づくりも始まります。明治になると洋紙の工場が次々とでき、製紙のまちとして育ちました。

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、富士郡に吉原町・加島村・田子浦村・岩松村・鷹岡村など13の町村が生まれました。吉原町は1940年(昭和15年)に島田村、1941年に伝法村を編入し、1942年には今泉村と合併しています。1948年(昭和23年)に市制を施行して吉原市となり、1955年(昭和30年)には元吉原・須津・吉永・原田の4村と合併し、大淵村も編入しました。1956年には原町の一部(境・船津・西船津)も加わっています。

一方、加島村は1929年(昭和4年)に富士町となり、1954年(昭和29年)3月31日に田子浦村・岩松村と合併して富士市が生まれました。鷹岡村は1933年(昭和8年)に町になっています。

1966年(昭和41年)11月1日、富士市・吉原市・鷹岡町が合併して、新しい富士市が発足しました。岳南地区の産業を伸ばすための合併でした。さらに2008年(平成20年)11月1日、富士川の西岸にある庵原郡富士川町を編入して、今の市域になりました。富士川町は1901年(明治34年)に町となり、1957年(昭和32年)に松野村を編入していた町です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、富士郡に吉原町・加島村・田子浦村・岩松村・鷹岡村・今泉村・島田村・伝法村・元吉原村・須津村・吉永村・原田村・大淵村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、庵原郡に富士川村・松野村が、駿東郡に浮島村(のちの原町、一部が現在の富士市)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1901年1月25日明治34年庵原郡富士川村が町制を施行して富士川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1929年8月1日昭和4年富士郡加島村が町制を施行するとともに改称して富士町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1933年1月1日昭和8年富士郡鷹岡村が町制を施行して鷹岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1940年4月1日昭和15年富士郡島田村が吉原町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1941年4月3日昭和16年富士郡伝法村が吉原町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1942年6月14日昭和17年富士郡の吉原町と今泉村が合併し、改めて吉原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1948年4月1日昭和23年富士郡吉原町が市制を施行して吉原市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  10. 1954年3月31日昭和29年富士郡の富士町・田子浦村・岩松村が合併し、富士市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 1955年2月11日昭和30年吉原市と富士郡の元吉原村・須津村・吉永村・原田村が合併し、改めて吉原市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1955年4月1日昭和30年富士郡大淵村が吉原市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  13. 1955年4月29日昭和30年駿東郡の原町と浮島村が合併し、改めて原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1956年4月1日昭和31年駿東郡原町の一部(境・船津・西船津)が吉原市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  15. 1957年4月1日昭和32年庵原郡松野村が富士川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  16. 1966年11月1日昭和41年富士市・吉原市と富士郡鷹岡町が合併し、改めて富士市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  17. 2008年11月1日平成20年庵原郡富士川町が富士市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

加島村→富士町→富士市1889〜今
富士川町1901〜2008同じ名前の駅:富士川駅
松野村1889〜1957
鷹岡村→鷹岡町1889〜1966
吉原町→吉原市1889〜1966同じ名前の駅:吉原駅
大淵村1889〜1955
吉永村1889〜1955
須津村1889〜1955
原田村1889〜1955
元吉原村1889〜1955
今泉村1889〜1942
伝法村1889〜1941
島田村1889〜1940
岩松村1889〜1954
田子浦村1889〜1954

参考にした資料