今の掛川市
静岡県の西部にある市です。市内を逆川や原野谷川などが流れ、南は遠州灘に面しています。江戸時代は東海道の掛川宿と掛川城の城下町で、南部には横須賀城の城下町もありました。茶の栽培は全国屈指で、掛川茶と東山茶が地域団体商標に登録されています。東海道新幹線の掛川駅と東名高速の掛川インターチェンジがあり、工業団地も多くあります。
今の掛川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で114,954人です。今の区域で数えた1980年の94,398人とくらべると21.8%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.1%です。
主な産業:茶を中心とした農業と、工業団地の製造業
特産品・名産
- 掛川茶深蒸し煎茶で知られる。地域団体商標に登録
- メロン茶のほかに栽培が盛んな作物
- 葛布市の特産として挙げられる織物
見どころ・祭り
- 掛川城1994年に天守を復元。二の丸御殿は国の重要文化財
- 高天神城跡1581年に徳川家康が攻め落とした城
- 横須賀城跡1580年に完成した城
- 大日本報徳社1898年に設立。掛川は報徳思想の中心地とされる
- 掛川花鳥園多くの観光客が訪れる市内の施設
木きんもくせい花ききょう鳥うぐいす掛川市の木・花・鳥
掛川市のなりたち
掛川市(かけがわし)は、静岡県西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、30の町村がありました。大池村・雨桜村・垂木村・三俣村・三浜村・岩滑村・南郷村・上内田村・粟本村・西山口村・西南郷村・倉真村・西郷村・和田岡村・東山口村・曾我村・佐束村・土方村・東山村・日坂村・横須賀町・大淵村・大坂村・千浜村・笠原村・中村・原泉村・原田村・原谷村・掛川町です。これらの町村が、20回の合併や編入を経て、今の掛川市になりました。
今の名前「掛川市」は、1920年にあった掛川町の名前を受け継いでいます。ほかの29の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は小笠郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、小笠郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧原田村の区域には原田駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。旧原谷村の区域には原谷駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。
「掛川市」という名前
掛川の名は、市の中心部を流れる逆川にちなむという説があります。流れが切り立った崖のように見えることから「缺けた川」と呼ばれ、それが「懸川」となり、のちに「掛川」と書くようになったといわれます。山内一豊とともに掛川から高知に移った家臣が住んだ町も「掛川町」と呼ばれました。
まちの成り立ち
掛川は、東海道の掛川宿が置かれ、掛川城の城下町でもあったところです。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、佐野郡に掛川町・日坂村・東山村・原泉村など1町16村が、城東郡に大須賀村・大坂村・千浜村などが発足しました。1895年(明治28年)には掛川町の一部が分かれて西南郷村ができ、1896年(明治29年)には佐野郡と城東郡がまとまって小笠郡となりました。
掛川町は1925年(大正14年)に大池村、1943年(昭和18年)に南郷村、1950年(昭和25年)に上内田村を編入し、1951年(昭和26年)4月1日には西南郷村・粟本村・西山口村と合併して改めて掛川町となりました。1954年(昭和29年)3月31日に曽我村・東山口村を編入して市制を施行し、掛川市が生まれています。その後、1955年に日坂村・東山村、1957年に北小笠村・原谷村・原田村、1960年(昭和35年)に三笠村を編入しました。原泉村は1956年(昭和31年)に分割され、大部分が三笠村に、一部が森町に入っています。
南部の遠州灘に近い地域では、1956年に横須賀町と大淵村が合併して大須賀町が、大坂村と千浜村が合併して大浜町が生まれました。1973年(昭和48年)には大浜町と、佐束村・土方村などからなる城東村が合併して大東町となっています。
2005年(平成17年)4月1日、掛川市・大須賀町・大東町が合併して新しい掛川市が発足し、小笠郡はなくなりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、佐野郡に掛川町・南郷村・大池村・曽我村・和田岡村・垂木村・雨桜村・原谷村・原田村・原泉村・西郷村・倉真村・粟本村・西山口村・東山口村・日坂村・東山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、城東郡に上内田村・佐束村・岩滑村・土方村・中村・笠原村・大須賀村・大淵村・大坂村・三浜村・三俣村・千浜村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年6月11日明治24年南郷村の一部(長谷)が大池村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1893年12月12日明治26年南郷村の一部(下俣・南西郷・結縁寺)が掛川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1895年8月20日明治28年掛川町の一部(南西郷・結縁寺と下俣の一部)が分かれて西南郷村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて佐野郡と城東郡の区域で小笠郡が設けられた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1914年5月1日大正3年大須賀村が町制を施行し、改称して横須賀町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1925年8月20日大正14年大池村が掛川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1932年10月1日昭和7年垂木村と雨桜村が合併して桜木村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1942年6月1日昭和17年三浜村と三俣村が合併して睦浜村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1943年4月1日昭和18年南郷村が掛川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年4月1日昭和18年佐束村と岩滑村が合併し、改めて佐束村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1950年10月10日昭和25年上内田村が掛川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年掛川町・西南郷村・粟本村・西山口村が合併し、改めて掛川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年曽我村と東山口村が掛川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年掛川町が市制を施行して掛川市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年和田岡村と桜木村が合併して北小笠村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年西郷村と倉真村が合併して三笠村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年佐束村と土方村が合併して城東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年日坂村と東山村が掛川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月19日昭和30年大坂村と睦浜村が合併し、改めて大坂村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年6月1日昭和31年横須賀町と大淵村が合併して大須賀町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年8月1日昭和31年大坂村と千浜村が合併して大浜町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年原泉村が分割され、炭焼の一部が周智郡森町に、残りの大和田・丹間・孕石・萩間・居尻・黒俣と炭焼の一部が三笠村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年中村が城東村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年笠原村が分割され、山崎の一部が大須賀町に、岡崎と山崎の一部が磐田郡袋井町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1957年3月31日昭和32年北小笠村・原谷村・原田村と、三笠村の一部(萩間・居尻・黒俣・炭焼)が掛川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年9月1日昭和32年城東村の一部(大石の一部)が小笠町に、別の一部(中の一部)が大浜町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年1月1日昭和33年城東村の一部(大石の一部)が小笠町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年4月1日昭和33年城東村の一部(海戸の一部)が小笠町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1960年10月1日昭和35年三笠村が掛川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1973年4月1日昭和48年大浜町と城東村が合併して大東町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年掛川市・大須賀町・大東町が合併し、改めて掛川市が発足して小笠郡が消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。