今の美郷町
島根県の中央部、邑智郡にある町です。江の川が町を貫いて流れ、東部の山々は中国山地に連なります。町域の一部は豪雪地帯で、大半は森林です。粕淵は江の川が大きく曲がって西へ流れる所にあり、舟運の要地でした。江の川の流れる谷あいに集落があり、温泉やカヌー、鮎の火振り漁などがあります。町の花はシャクナゲ、木はウメです。
今の美郷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,355人です。今の区域で数えた1980年の8,838人とくらべると50.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は47.9%です。
主な産業:イノシシ肉のブランド化と、江の川や温泉を生かした観光客の誘致に取り組んでいます。
特産品・名産
- おおち山くじら2004年に生産者組合を作ってブランド化したイノシシ肉
- マタタビ町の特産品に挙がる
- ソバ町の特産品に挙がる
見どころ・祭り
- 鮎の観光火振り漁江の川の観光向けの漁
- 江の川遊覧船江の川を巡る遊覧船
- 蟠龍峡名所・観光スポットとして挙がる渓谷
- カヌーの里おおち江の川のカヌーの拠点
木ウメ花シャクナゲ美郷町の木・花
美郷町のなりたち
美郷町(みさとちょう)は、島根県石見の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。君谷村・粕淵村・沢谷村・浜原村・吾郷村・都賀行村・布施村・都賀村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の美郷町になりました。
今の名前「美郷町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の都賀行村が約57km²だったのに対し、今の美郷町は約279km²と、およそ4.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は邑智郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧粕淵村の区域には粕淵駅(三江北線)があります。旧沢谷村の区域には沢谷駅(三江線)があります。旧浜原村の区域には浜原駅(三江北線)があります。
「美郷町」という名前
「美郷(みさと)」は、2004年(平成16年)に邑智町と大和村が合わさったときにつけられた名です。江の川が2町村を貫いて流れ、両岸の山々の四季の自然と町並みは、昔ながらのふるさとの景色を思わせます。この美しいふるさとをいつまでも残したいという住民の願いと、「みさと」という響きの温かさが、人情豊かなこの地域にふさわしいとして選ばれました。
まちの成り立ち
美郷町は、中国山地の間を流れる江の川の流域にあります。江戸時代は石見銀山の支配地で、江の川が大きく曲がる粕淵や浜原は舟運の拠点でした。浜原では上流から来た小舟の荷を大きな舟に積みかえ、問屋が並んでいました。のちに舟運が衰えると、商業の中心は粕淵に移りました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、邑智郡に粕淵村・浜原村・吾郷村・沢谷村・君谷村・都賀村・都賀行村などが発足しました。粕淵村は1947年(昭和22年)12月28日に町制を施行して粕淵町となりました。1955年(昭和30年)2月1日、粕淵町・沢谷村・浜原村・吾郷村・君谷村が合わさって邑智町が生まれました。1957年(昭和32年)3月10日には、都賀行村・都賀村と、分かれた布施村の村之郷・宮内・比敷が合わさって大和村が生まれています。江の川沿いを走った三江線は、2018年(平成30年)に廃止されました。2004年(平成16年)10月1日、邑智町と大和村が合併して美郷町が発足しました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、邑智郡に吾郷村・浜原村・粕淵村・沢谷村・君谷村・都賀村・都賀行村・布施村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1947年12月28日昭和22年邑智郡粕淵村が町制を施行し、粕淵町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年邑智郡の沢谷村・浜原村・粕淵町・吾郷村・君谷村が合併し、邑智町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年3月10日昭和32年邑智郡の都賀行村・都賀村と布施村の一部(大字村之郷・宮内・比敷)が合併し、大和村が発足した。布施村の残りは出羽村に編入された。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2004年10月1日平成16年邑智郡の邑智町と大和村が合併し、美郷町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。