島根県 › 安来市

安来市やすぎし

1920年には16の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の安来市になりました。

16町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の安来市

島根県の東の端にあり、鳥取県と接する市です。北は中海に面し、西は松江市・雲南市、南は奥出雲町と鳥取県日南町に接します。下流の三角州には広い耕地が開けています。旧広瀬町と旧伯太町は豪雪地帯です。古代から鉄で栄え、安来港は山陰の鉄を扱う港でした。安来節と特殊鋼の安来鋼で知られ、冬には能義平野に白鳥が飛来します。

今の安来市の区域の人口は、2020年の国勢調査で37,062人です。今の区域で数えた1980年の49,321人とくらべると24.9%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。

37,062人人口(2020年)
−24.9%1980年からの増減
420.93km²面積(国土地理院)
88人/km²人口密度
37.5%65歳以上の割合
49,6161980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 51.0%65歳以上 37.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:高級特殊鋼「安来鋼(ヤスキハガネ)」の製造が知られ、島田たけのこなどの農産物もあります。

特産品・名産

  • 島田たけのこ島田地区で孟宗竹を植えたのが始まり
  • 竹炭竹に関わる特産品
  • ドジョウ市の魚。安来節のどじょうすくい踊りに由来

見どころ・祭り

  • 社日公園桜の名所。「社日桜」は公園の桜の総称
  • 十神山桜の名所として挙がる山
  • 清水寺もみじが三重の塔を包むように彩る
  • 布部ダム市内のダムとして挙がる名所

木竹・もみじ花さくら鳥白鳥安来市の木・花・鳥

安来市のなりたち

安来市(やすぎし)は、島根県出雲の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。宇賀荘村・能義村・安田村・母里村・井尻村・飯梨村・赤屋村・赤江村・荒島村・島田村・大塚村・山佐村・比田村・布部村・広瀬町・安来町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の安来市になりました。

今の名前「安来市」は、1920年にあった安来町の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は能義郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、能義郡は2004年(平成16年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧荒島村の区域には荒島駅(山陰本線)があります。

161920年の町村の数
7回合併・編入の回数
421km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「安来市」という名前

「安来」の名は、『出雲国風土記』の話にもとづくといわれます。スサノオノミコトがこの地に来て「わたしの心は安らかになった」と言ったことから、安来と呼ばれるようになったと伝えられています。風土記には、意宇郡の安来郷として名が見えます。1954年(昭和29年)に安来町が周りの村と合わさって市になったとき、この名がそのまま市の名になりました。

まちの成り立ち

安来は、中海に面した港町として古くから栄えました。江戸時代の中ごろからは北前船による交易が盛んになり、中国山地で作られた鉄を積み出す商業のまちとして育ちました。江戸時代には、松江藩のほか広瀬藩・母里藩の領地がありました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、能義郡に安来町・広瀬町と14の村が発足しました。1951年(昭和26年)4月1日、安来町は能義村・宇賀荘村と合わさって改めて安来町となりました。1954年(昭和29年)4月1日には、安来町と飯梨村・荒島村・赤江村・島田村・大塚村が合わさって市制を施行し、安来市が生まれました。江津市と同じ日の市制施行です。郡に残った村々では、1952年に安田村・母里村・井尻村が合わさって伯太村が生まれ、1954年に赤屋村が加わりました。1955年には広瀬町が比田村・山佐村と安来市の石原町と合わさって改めて広瀬町となり、1967年に布部村を編入しました。伯太村は1956年に町になっています。2004年(平成16年)10月1日、安来市と広瀬町・伯太町が合併して新しい安来市が発足し、能義郡はなくなりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、能義郡に安来町・広瀬町と能義村・赤江村・島田村・大塚村・母里村・赤屋村・山佐村・飯梨村・宇賀荘村・安田村・井尻村・比田村・布部村・荒島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1948年6月15日昭和23年八束郡意東村の一部(大字下意東の一部)が能義郡荒島村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  3. 1951年4月1日昭和26年能義郡の安来町・能義村・宇賀荘村が合併し、改めて安来町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  4. 1952年11月3日昭和27年能義郡の安田村・母里村・井尻村が合併し、伯太村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  5. 1954年4月1日昭和29年能義郡の安来町・飯梨村・荒島村・赤江村・島田村・大塚村が合併し、市制を施行して安来市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  6. 1954年4月1日昭和29年能義郡赤屋村が伯太村に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  7. 1955年1月10日昭和30年能義郡の広瀬町・比田村・山佐村と安来市の一部(石原町)が合併し、改めて広瀬町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  8. 1956年1月1日昭和31年能義郡伯太村が町制を施行し、伯太町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  9. 1957年4月1日昭和32年能義郡布部村の一部(大字菅原)が広瀬町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  10. 1967年8月1日昭和42年能義郡布部村が広瀬町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  11. 2004年10月1日平成16年安来市と能義郡の広瀬町・伯太町が合併し、改めて安来市が発足した。能義郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

安来町→安来市1889〜今
広瀬町1889〜2004
布部村1889〜1967
山佐村1889〜1955
比田村1889〜1955
飯梨村1889〜1954
伯太村→伯太町1952〜2004
赤屋村1889〜1954
安田村1889〜1952
母里村1889〜1952
井尻村1889〜1952
赤江村1889〜1954
荒島村1889〜1954同じ名前の駅:荒島駅
島田村1889〜1954
大塚村1889〜1954
宇賀荘村1889〜1951
能義村1889〜1951

参考にした資料