今の雲南市
島根県の東部にあり、松江市、出雲市、安来市、飯南町、奥出雲町に接し、南は広島県庄原市に続きます。南部は毛無山(1,062メートル)から中国山地に至り、北部は出雲平野に続くため、市内の南北で標高の差が大きくなっています。斐伊川の本流と、赤川・三刀屋川などが流れます。山陰と山陽を結ぶ主要街道沿いにあり、交通の要衝です。大半が林野です。
今の雲南市の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,007人です。今の区域で数えた1980年の51,477人とくらべると30.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.1%です。
主な産業:米や畜産、野菜などの農畜産業と、乳製品・ワイン・味噌などの加工品づくりがあります。
特産品・名産
- 木次牛乳日本で初めてパスチャライズ牛乳を売り出した
- ワインワイナリー奥出雲葡萄園が特産品ページに載る
- たたら焔米ブランド米「プレミアムつや姫」
見どころ・祭り
- 加茂岩倉遺跡名所として挙がる遺跡
- 龍頭八重滝日本の滝百選
- 斐伊川堤防桜並木日本さくら名所100選
- 三刀屋城県指定史跡
木いちょう花さくら鳥コウノトリ雲南市の木・花・鳥
雲南市のなりたち
雲南市(うんなんし)は、島根県出雲の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、24の町村がありました。屋裏村・神原村・一宮村・幡屋村・春殖村・佐世村・阿用村・多根村・松笠村・斐伊村・鍋山村・飯石村・中野村・田井村・日登村・木次町・温泉村・波多村・海潮村・加茂村・大東町・三刀屋村・掛合村・吉田村です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の雲南市になりました。
今の名前「雲南市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの24の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の吉田村が約71km²だったのに対し、今の雲南市は約547km²と、およそ7.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は仁多郡・大原郡・飯石郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、大原郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧幡屋村の区域には幡屋駅(木次線)があります。旧日登村の区域には日登駅(木次線)があります。旧木次町の区域には木次駅(木次線)があります。旧加茂村の区域には加茂中駅(木次線)があります。
「雲南市」という名前
「雲南」は、旧国名の「出雲」の南にある地方という意味の呼び名で、明治のころから使われてきました。合併前の大原郡・飯石郡・仁多郡をあわせて「雲南3郡」と呼ぶなど、この地方を表す名として親しまれ、会社や団体の名、天気予報の地域名にも使われていました。2004年(平成16年)に6町村が合わさったとき、なじみのあるこの名を受けついで雲南市としました。
まちの成り立ち
雲南市は、旧出雲国の南部にあたり、斐伊川とその支流に沿って町や村が開けてきました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、大原郡と飯石郡に多くの村が発足しました。木次村は1891年(明治24年)に斐伊村を分けて町となり、大東村は1903年(明治36年)、三刀屋村は1928年(昭和3年)、加茂村は1929年(昭和4年)に町となりました。1934年(昭和9年)には加茂町が神原村・屋裏村と合わさって改めて発足しています。1951年(昭和26年)4月1日、大東町・木次町・掛合村がそれぞれ周りの村と合わさって改めて発足し、掛合村は同じ年の8月に町となりました。1954年(昭和29年)には三刀屋町と吉田村が周りの村と合わさりました。1955年(昭和30年)3月3日には、木次町・日登村と仁多郡の温泉村が合わさって雲南木次町が生まれ、1957年(昭和32年)5月3日に木次町と名を改めました。1956年(昭和31年)には海潮村が大東町に入っています。2004年(平成16年)11月1日、大東町・加茂町・木次町・三刀屋町・吉田村・掛合町が合併して雲南市が発足し、大原郡はなくなりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大原郡に屋裏村・神原村・佐世村・春殖村・海潮村・加茂村・木次村・日登村・幡屋村・阿用村・大東村が、飯石郡に一宮村・三刀屋村・鍋山村・飯石村・中野村・松笠村・多根村・田井村・吉田村・掛合村・波多村などが、仁多郡に温泉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年4月1日明治24年大原郡木次村の大字里方・山方が分かれて斐伊村が発足し、残りは町制を施行して木次町となった。種類:分割 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1903年11月6日明治36年大原郡大東村が町制を施行し、大東町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1928年11月1日昭和3年飯石郡三刀屋村が町制を施行し、三刀屋町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1929年10月1日昭和4年大原郡加茂村が町制を施行し、加茂町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1934年5月1日昭和9年大原郡の加茂町・神原村・屋裏村が合併し、改めて加茂町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1941年11月3日昭和16年飯石郡一宮村が廃止され、字西谷は簸川郡上津村に、残りは飯石郡三刀屋町に編入された。種類:分割 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年大原郡の大東町・春殖村・幡屋村・阿用村・佐世村が合併し、改めて大東町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年大原郡の木次町と斐伊村が合併し、改めて木次町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年飯石郡の掛合村・多根村・松笠村が合併し、改めて掛合村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年8月1日昭和26年飯石郡掛合村が町制を施行し、掛合町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年1月20日昭和29年飯石郡の三刀屋町・鍋山村・飯石村・中野村が合併し、改めて三刀屋町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年11月3日昭和29年飯石郡の吉田村と田井村が合併し、改めて吉田村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年3月3日昭和30年大原郡の木次町・日登村と仁多郡温泉村が合併し、大原郡雲南木次町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年飯石郡の掛合町と波多村が合併し、改めて掛合町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年4月1日昭和31年大原郡海潮村が大東町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年5月3日昭和32年大原郡雲南木次町が木次町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年6月1日昭和32年飯石郡三刀屋町の一部(大字上熊谷・下熊谷の一部)が大原郡木次町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2004年11月1日平成16年大原郡の大東町・加茂町・木次町と飯石郡の三刀屋町・吉田村・掛合町が合併し、雲南市が発足した。大原郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。