今の飯南町
島根県の中南部にあり、広島県との県境の中国山地の脊梁部に位置する町です。町内の約9割が山林・原野で、周りを1,000メートル前後の山に囲まれた、標高約450メートルの高原地帯です。町全域が豪雪地帯です。かつての出雲国・石見国・備後国にまたがる国境の地で、神戸川が流れ、来島湖があります。森林セラピー基地に認定されています。
今の飯南町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,577人です。今の区域で数えた1980年の7,771人とくらべると41.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.2%です。
主な産業:ワサビ・ヤマトイモなどの農産物と、しまね和牛が特産です。
特産品・名産
- とんばら漬名物・特産品として挙がる漬物
- ぼたんジャム名物・特産品として挙がる
- しまね和牛名物・特産品として挙がる
見どころ・祭り
- 赤名観光ぼたん園名所・観光スポットとして挙がる庭園
- 琴引フォレストパーク名所・観光スポットとして挙がる公園
- 大しめなわ創作館名所・観光スポットとして挙がる施設
- 赤穴城跡名所・観光スポットとして挙がる城跡
木ブナ花牡丹飯南町の木・花
飯南町のなりたち
飯南町(いいなんちょう)は、島根県出雲の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。谷村・来島村・赤名村・志々村・頓原村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の飯南町になりました。
今の名前「飯南町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の来島村が約66km²だったのに対し、今の飯南町は約240km²と、およそ3.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は邑智郡・飯石郡に属していました。
「飯南町」という名前
「飯南(いいなん)」は、2005年(平成17年)に頓原町と赤来町が合わさったときにつけられた名で、町が飯石郡の南にあることを表しています。町民が聞き慣れた親しみのある地名として選ばれました。「飯」は米を、「南」は明るさや力強さを思わせることから、農業を大切にし、里山の自然とともに明るく発展していく願いがこめられています。
まちの成り立ち
飯南町は、広島県との県境の中国山地にある、標高400〜500メートルほどの高原の町です。かつての出雲国・石見国・備後国の境にあたり、山陰と山陽を結ぶ道が通る要所として開かれてきました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、飯石郡に赤名村・来島村・頓原村・志々村が、邑智郡に谷村が発足しました。赤名村は1934年(昭和9年)8月1日、頓原村は1949年(昭和24年)4月29日に町制を施行しました。1953年(昭和28年)4月1日には、赤名町が邑智郡の谷村と合わさって改めて赤名町となりました。1957年(昭和32年)1月1日に赤名町と来島村が合わさって赤来町が生まれ、2月1日には頓原町が志々村と合わさって改めて頓原町となりました。2005年(平成17年)1月1日、頓原町と赤来町が合併して飯南町が発足し、飯石郡に残るただ一つの町となりました。町は森林セラピー基地にも認定されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、飯石郡に志々村・頓原村・来島村・赤名村が、邑智郡に谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1934年8月1日昭和9年飯石郡赤名村が町制を施行し、赤名町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1949年4月29日昭和24年飯石郡頓原村が町制を施行し、頓原町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1953年4月1日昭和28年飯石郡赤名町と邑智郡谷村が合併し、改めて飯石郡赤名町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年1月1日昭和32年飯石郡の赤名町と来島村が合併し、赤来町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年2月1日昭和32年飯石郡の頓原町と志々村が合併し、改めて頓原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2005年1月1日平成17年飯石郡の頓原町と赤来町が合併し、飯南町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。