今の江津市
島根県の西部、石見地方の海沿いの市です。北部は東西に海岸段丘が続き、南部は丘陵地帯で、平野は江の川の流域と山陰本線沿いにわずかにあります。波子・浅利・黒松には海水浴場があります。中国山地を貫いて流れる、中国地方最大の江の川がこの市で日本海に注ぎます。北緯35度線が通る国内最西端の市でもあります。江の川河口は古くから港として栄えました。
今の江津市の区域の人口は、2020年の国勢調査で22,959人です。今の区域で数えた1980年の32,785人とくらべると30.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.4%です。
主な産業:石州瓦と石見焼の窯業が地場産業です。江の川河口には製紙工場があります。
特産品・名産
- 石見焼名物・特産品として挙がる焼き物
- 石州瓦古くから生産の中心地とされる瓦
- 敬川饅頭名物・特産品として挙がる菓子
見どころ・祭り
- 千丈渓島根県立自然公園
- 有福温泉市内の温泉の一つ
- 山辺神宮名所・旧跡として挙がる神社
- 小川家雪舟庭園名所・旧跡として挙がる庭園
木クロマツ花ツツジ江津市の木・花
江津市のなりたち
江津市(ごうつし)は、島根県石見の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。松山村・下松山村・渡津村・都濃村・黒松村・波積村・都治村・谷住郷村・川越村・市山村・長谷村・川戸村・浅利村・川平村・都野津村・二宮村・川波村・跡市村・江津町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の江津市になりました。
今の名前「江津市」は、1920年にあった江津町の名前を受け継いでいます。ほかの18の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の江津町が約7km²だったのに対し、今の江津市は約265km²と、およそ35.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は邇摩郡・邑智郡・那賀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、邇摩郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました、那賀郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。
「江津市」という名前
「江津(ごうつ)」の名は、江の川の河口にある港であったことによります。古くから川と海の舟運の拠点で、江の川の舟着き場という意味で「江津」または「郷津」と呼ばれました。1889年(明治22年)の町村制で江津村が生まれ、のちに江津町となり、1954年(昭和29年)にこの町を中心に市が生まれたとき、その名が市の名になりました。
まちの成り立ち
江津は、中国地方でいちばん大きな川である江の川の河口にあります。江戸時代は幕府の領地で、江の川の舟運と日本海の海運が出会う港として、北前船が立ち寄り、幕府の年貢米を積み出す港としてにぎわいました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、那賀郡に江津村や都野津村などの村々が、邑智郡には長谷村や市山村などが発足しました。江津村は1913年(大正2年)、都野津村は1922年(大正11年)に町となりました。1934年(昭和9年)には松山村と下松山村が合わさって松川村が生まれ、1940年(昭和15年)には江津町が都濃村・渡津村と合わさって改めて江津町となりました。1951年(昭和26年)には都治村・黒松村と邇摩郡の波積村が合わさって江東村が生まれています。1954年(昭和29年)4月1日、江津町・都野津町・川波村・二宮村・跡市村・浅利村・松川村・川平村・江東村の9町村が合わさって市制を施行し、江津市が発足しました。同じ日、邑智郡では5つの村が合わさって桜江村が生まれ、1956年に町となりました。2004年(平成16年)10月1日に桜江町を編入し、今の江津市になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那賀郡に江津村・都野津村・都濃村・渡津村・浅利村・川波村・二宮村・跡市村・都治村・黒松村・松山村・下松山村・川平村が、邑智郡に長谷村・市山村・川戸村・谷住郷村・川越村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1901年邑智郡市山村の一部(井沢)が長谷村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1913年7月1日大正2年那賀郡江津村が町制を施行し、江津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1922年4月1日大正11年那賀郡都野津村が町制を施行し、都野津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1934年4月1日昭和9年那賀郡の松山村と下松山村が合併し、松川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1940年4月1日昭和15年那賀郡の江津町・都濃村・渡津村が合併し、改めて江津町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1950年4月1日昭和25年邑智郡川下村の一部(字坂本)が川越村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年那賀郡の都治村・黒松村と邇摩郡波積村が合併し、那賀郡江東村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1952年4月1日昭和27年那賀郡江東村の一部(大字波積北の一部)が邇摩郡福波村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年那賀郡の江津町・都野津町・川波村・二宮村・跡市村・浅利村・松川村・川平村・江東村が合併し、市制を施行して江津市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年邑智郡の川戸村・谷住郷村・市山村・川越村・長谷村が合併し、桜江村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年10月1日昭和29年邑智郡桜江村の一部(大字清見と井沢の一部)が江津市に、大字八戸の一部が那賀郡旭村の発足に加わった。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1956年1月1日昭和31年邑智郡桜江村が町制を施行し、桜江町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年8月1日昭和31年那賀郡国府町の一部(大字本明・上有福)が江津市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2004年10月1日平成16年邑智郡桜江町が江津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。