今の大田市
島根県のほぼ中央にあり、石見地方の東部に位置します。北は日本海に面し、南は中国山地に接します。三瓶山(1,126メートル)がそびえ、静間川などが流れます。出雲と石見をつなぐ位置にあり、石見銀山遺跡とその文化的景観が世界遺産に登録されています。温泉津や仁摩の海岸にも見どころがあります。浜田市、益田市とともに「石見三田」と呼ばれます。
今の大田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で32,846人です。今の区域で数えた1980年の49,570人とくらべると33.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.6%です。
主な産業:農業・畜産・水産業と、石州瓦の製造、石見銀山を中心とした観光業が主な産業です。
特産品・名産
- 三瓶そば名物・特産品として挙がる
- 大穴子名物・特産品として挙がる
- 温泉津焼温泉津の窯で焼く陶器
見どころ・祭り
- 石見銀山世界遺産。国の史跡
- 温泉津重要伝統的建造物群保存地区
- 三瓶小豆原埋没林公園三瓶町にある埋没林の公園
- 琴ヶ浜仁摩町馬路にある鳴り砂の海岸
木うめ花れんげつつじ大田市の木・花
大田市のなりたち
大田市(おおだし)は、島根県石見の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、29の町村がありました。忍原村・波根西村・刺鹿村・大浜村・福光村・福浦村・水上村・波根東村・鳥井村・静間村・長久村・久利村・川合村・湯里村・井田村・宅野村・仁万村・大国村・馬路村・朝山村・山口村・富山村・佐比売村・五十猛村・大屋村・大森町・祖式村・温泉津町・大田町です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の大田市になりました。
今の名前「大田市」は、1920年にあった大田町の名前を受け継いでいます。ほかの28の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の大田町が約23km²だったのに対し、今の大田市は約431km²と、およそ18.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は安濃郡・簸川郡・邇摩郡・邑智郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、簸川郡は2011年(平成23年)10月1日に廃止されました、邇摩郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。
「大田市」という名前
「大田(おおだ)」の名には二つの説があります。一つは、大田部(おおたべ)と呼ばれる人びとが移り住んで土地を開いたことによるという説です。もう一つは、浜田・益田とともに「石見三田」と呼ばれ、広い水田があったことから名づけられたという説です。古代の『和名抄』には、この地の郷の名として「邑陁(おおだ)」が記されています。1954年(昭和29年)に大田町を中心に市が生まれ、その名が市の名になりました。
まちの成り立ち
大田市の大部分は、もとの安濃郡と邇摩郡にあたり、出雲と石見の境にあります。江戸時代には石見銀山が栄え、大森には銀山を治める代官所が置かれました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安濃郡と邇摩郡に多くの村が発足し、大田村は1903年(明治36年)に町となりました。1937年(昭和12年)には刺鹿村と波根西村が合わさって久手町が生まれています。1954年(昭和29年)1月1日、安濃郡の大田町・久手町・波根東村・鳥井村・長久村・川合村と、邇摩郡の静間村・久利村が合わさって市制を施行し、大田市が生まれました。同じ年の4月1日には佐比売村・朝山村・富山村の大部分と簸川郡の山口村を編入し、安濃郡はなくなりました。邇摩郡では同じ日に仁摩町が生まれ、温泉津町も周りの村と合わさって改めて発足しました。1956年(昭和31年)9月30日には大森町・五十猛村・大屋村と祖式村の一部を編入しています。2005年(平成17年)10月1日、大田市と温泉津町・仁摩町が合併して新しい大田市が発足し、邇摩郡はなくなりました。市内の石見銀山遺跡は世界遺産に登録されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安濃郡に大田村・波根西村・波根東村・刺鹿村・長久村・鳥井村・朝山村・富山村・佐比売村・川合村が、邇摩郡に大森村・水上村・大屋村・井田村・福光村・久利村・大浜村・温泉津村・湯里村・仁万村・宅野村・明治村・五十猛村・静間村・福浦村・大家村・八代村・忍原村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年4月1日明治24年邇摩郡明治村が分かれ、馬路村と大国村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1903年11月6日明治36年安濃郡大田村、邇摩郡の大森村と温泉津村が町制を施行し、大田町・大森町・温泉津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1929年4月1日昭和4年邇摩郡忍原村が廃止され、字戸蔵は久利村に、残りは安濃郡川合村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1936年5月10日昭和11年邇摩郡仁万村が町制を施行し、仁万町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1937年5月28日昭和12年安濃郡の刺鹿村と波根西村が合併し、久手町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1941年8月1日昭和16年邇摩郡の温泉津町と大浜村が合併し、改めて温泉津町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1947年11月15日昭和22年邇摩郡の大家村と八代村が合併し、大代村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1948年9月1日昭和23年簸川郡山口村の大部分が窪田村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年邇摩郡の福光村と福浦村が合併し、福波村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年邇摩郡の大森町と水上村が合併し、改めて大森町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年邇摩郡波積村が那賀郡の都治村・黒松村と合併し、那賀郡江東村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1952年4月1日昭和27年那賀郡江東村の一部(大字波積北の一部)が邇摩郡福波村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年1月1日昭和29年安濃郡の大田町・久手町・波根東村・鳥井村・長久村・川合村と邇摩郡の静間村・久利村が合併し、市制を施行して大田市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年安濃郡の佐比売村・朝山村、簸川郡山口村と安濃郡富山村の大部分が大田市に編入され、安濃郡はなくなった。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年安濃郡富山村の一部(大字神原の一部)が簸川郡田儀村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年邇摩郡の仁万町・宅野村・大国村・馬路村が合併し、仁摩町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年邇摩郡の温泉津町・福波村・湯里村・井田村が合併し、改めて温泉津町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年邇摩郡の大森町・五十猛村・大屋村と邑智郡祖式村の一部(大字祖式)が大田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年12月31日昭和32年邑智郡川本町の一部(大字新屋・大家本郷)が大田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2005年10月1日平成17年大田市と邇摩郡の温泉津町・仁摩町が合併し、改めて大田市が発足した。邇摩郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。