今の浜田市
島根県西部の石見地方の中心となる都市で、日本海に面しています。浜田港は重要港湾で、浜田漁港は国内に13港ある特定第3種漁港の一つです。江戸時代は浜田藩の城下町で、いまの市街地は城下町に重なります。山間部は中国山地側に続き、2005年の合併で海岸の浜田から内陸の金城・旭・弥栄まで広い市域になりました。山陰有数の水産都市です。
今の浜田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で54,592人です。今の区域で数えた1980年の72,130人とくらべると24.3%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.1%です。
主な産業:漁業と水産加工が中心です。アジ・ノドグロ・カレイを「どんちっち三魚」としてブランド化しています。
特産品・名産
- どんちっち三魚浜田漁港のアジ・ノドグロ・カレイ
- 赤天名産品として挙がる
- 石州和紙名産品として挙がる
見どころ・祭り
- 石見畳ヶ浦国指定天然記念物
- しまね海洋館アクアス県立の水族館
- 浜田城跡浜田城山公園。県指定史跡
- 三隅大平桜国指定天然記念物
木さくら花つつじ浜田市の木・花
浜田市のなりたち
浜田市(はまだし)は、島根県石見の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、32の町村がありました。高城村・長安村・美又村・伊南村・久佐村・三階村・西隅村・大内村・漁山村・石見村・長浜村・周布村・国分村・上府村・下府村・長谷村・木田村・今市村・和田村・都川村・大麻村・井野村・三保村・岡見村・黒沢村・有福村・雲城村・波佐村・杵束村・市木村・三隅村・浜田町です。これらの町村が、15回の合併や編入を経て、今の浜田市になりました。
今の名前「浜田市」は、1920年にあった浜田町の名前を受け継いでいます。ほかの31の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は邑智郡・那賀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、那賀郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。
「浜田市」という名前
「浜田」の名は、平安時代の中ごろに中納言の藤原常方が潮の満ち引きを調べ、浜に田を開いたのが始まりと伝えられています。文書に名が見える早い例は、1443年(文安元年)に写し終えた宝福寺の大般若経にある「濱田村」です。江戸時代には浜田藩の城下町となり、1889年(明治22年)に浜田町、1940年(昭和15年)に浜田市となりました。
まちの成り立ち
江戸時代の浜田は、浜田藩の城下町として栄えました。1866年(慶応2年)の第二次長州征討で浜田城が焼け、その後は長州藩の支配を受けます。明治の初めには浜田県が置かれましたが、1876年(明治9年)に島根県に合わさりました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、那賀郡に浜田町と多くの村が発足しました。周りでは、1923年(大正12年)に石見村が三階村などと合わさって改めて発足し、1935年(昭和10年)には大内村と漁山村が合わさって美川村が生まれています。1940年(昭和15年)11月3日、浜田町・石見村・長浜村・周布村・美川村が合わさって市制を施行し、松江市に次ぐ県内2番目の市として浜田市が生まれました。1955年(昭和30年)には井野村と大麻村の一部、1969年(昭和44年)には国府町を編入しています。郡部では、昭和の大合併で旭村・三隅町・金城村・弥栄村などが生まれ、旭村と金城村はのちに町となりました。2005年(平成17年)10月1日、浜田市と金城町・旭町・弥栄村・三隅町が合併して新しい浜田市が発足し、那賀郡はなくなりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那賀郡に浜田町と石見村・上府村・下府村・国分村・伊南村・雲城村・久佐村・美又村・木田村・和田村・都川村・今市村・波佐村・高城村・長安村・杵束村・黒沢村・岡見村・漁山村・西隅村・岡崎村・大麻村・有福村・大内村・周布村・長浜村・三階村・古市場村・西湊村・井野村・芦谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1892年10月5日明治25年那賀郡岡崎村が三隅村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1910年10月1日明治43年那賀郡の古市場村と西湊村が合併し、三保村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1919年4月1日大正8年那賀郡の井野村と芦谷村が合併し、改めて井野村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1922年7月1日大正11年那賀郡の高城村と長安村が合併し、安城村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1923年2月11日大正12年那賀郡の石見村・三階村と伊南村の大字後野が合併して改めて石見村が、久佐村・美又村と伊南村の大字佐野・宇津井が合併して今福村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1927年4月1日昭和2年那賀郡の三隅村と西隅村が合併し、三隅町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1935年2月11日昭和10年那賀郡の漁山村と大内村が合併し、美川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1940年11月3日昭和15年那賀郡の浜田町・石見村・長浜村・周布村・美川村が合併し、市制を施行して浜田市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1941年8月1日昭和16年那賀郡の上府村・下府村・国分村が合併し、国府村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年1月1日昭和26年那賀郡安城村の一部(大字大坪と程原の一部)が杵束村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年那賀郡国府村が町制を施行し、国府町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1953年12月1日昭和28年那賀郡波佐村の一部(大字波佐字滝平の一部)が広島県山県郡八幡村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年10月1日昭和29年那賀郡の今市村・木田村・和田村・都川村と邑智郡桜江村の一部(大字八戸の一部)が合併し、那賀郡旭村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年那賀郡の三隅町・三保村・岡見村・黒沢村と井野村・大麻村の大部分が合併し、改めて三隅町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年那賀郡井野村の一部(大字井野字羽原)と大麻村の一部(大字西村と折居・東平原の一部)が浜田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年4月15日昭和30年那賀郡の国府町と有福村が合併し、改めて国府町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年8月1日昭和31年那賀郡の雲城村・今福村・波佐村が合併して金城村が、安城村・杵束村が合併して弥栄村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年8月1日昭和31年那賀郡国府町の一部(大字本明・上有福)が江津市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1958年6月1日昭和33年那賀郡金城村の一部(大字佐野・宇津井の一部)が浜田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1958年10月20日昭和33年邑智郡市木村が分かれ、一部が那賀郡旭村に、残りが邑智郡瑞穂町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1958年11月3日昭和33年那賀郡旭村が町制を施行し、旭町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1969年3月1日昭和44年那賀郡国府町が浜田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1969年11月3日昭和44年那賀郡金城村が町制を施行し、金城町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2005年10月1日平成17年浜田市と那賀郡の金城町・旭町・弥栄村・三隅町が合併し、改めて浜田市が発足した。那賀郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。