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川本町かわもとまち

1920年には7の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の川本町になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の川本町

島根県の中部、邑智郡にある町です。中国山地の中にあり、地形が険しいのが特徴です。江の川が町を北東から南西へ貫いて流れています。江戸時代は石見銀山の影響を受けた天領で、明治には郡役所が置かれて地域の中心になりました。町内にはプールやホテルを備えたかわもとおとぎ館があります。平成の大合併には加わらず、単独の町として続いています。

今の川本町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,248人です。今の区域で数えた1980年の6,303人とくらべると48.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.4%です。

3,248人人口(2020年)
−48.5%1980年からの増減
106.43km²面積(国土地理院)
31人/km²人口密度
44.4%65歳以上の割合
6,3031980199020052020
15歳未満 9.9%15〜64歳 45.7%65歳以上 44.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:第三次産業の就業者が多く、アユ、マガモ肉、江川茶、あんぽ柿などが特産品です。

特産品・名産

  • マガモ肉町の特産品に挙がる
  • 江川茶町の特産品に挙がる
  • あんぽ柿町の特産品に挙がる

見どころ・祭り

  • かわもとおとぎ館プール・レストラン・ホテルを備える公共施設
  • 長江寺獏の頭を収めた木枕がある寺
  • 仙岩寺観光地として挙がる寺

木もみじ花さつき川本町の木・花

川本町のなりたち

川本町(かわもとまち)は、島根県石見の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。八代村・大家村・三谷村・川下村・三原村・祖式村・川本村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の川本町になりました。

今の名前「川本町」は、1920年にあった川本村の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の川本村が約41km²だったのに対し、今の川本町は約105km²と、およそ2.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は邇摩郡・邑智郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、邇摩郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

71920年の町村の数
2回合併・編入の回数
106km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「川本町」という名前

「川本」の「川」は江の川を、「本」はほとりを表すと考えられています。江の川のほとりに人びとが住みつくようになったことから、川本という地名ができたといわれます。1889年(明治22年)の町村制で川本村が生まれ、1927年(昭和2年)に町制を施行して川本町となりました。1955年(昭和30年)に周りの村と合わさったときも、この名が引き継がれました。

まちの成り立ち

川本町は、中国山地の中を江の川が北東から南西へ流れる地にあります。江戸時代は幕府の領地で、明治になると邑智郡の郡役所が置かれ、地域の中心になりました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、邑智郡に川本村・川下村・三原村・三谷村などが、邇摩郡には大家村と八代村が発足しました。川本村は1927年(昭和2年)4月1日に町制を施行して川本町となり、1934年(昭和9年)には三江線が町内まで通じました。1947年(昭和22年)には八代村の北佐木が三原村に移り、大家村と八代村が合わさって大代村が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日、川本町と川下村・三原村・三谷村、邇摩郡の大代村が合わさって、改めて川本町が発足しました。1956年(昭和31年)9月30日には、分かれた祖式村のうち川内・小谷・馬野原が川本町に加わっています。平成の大合併のころは近くの町村と協議しましたが、合併はせず、単独の町として続いています。町を通っていた三江線は、2018年(平成30年)に廃止されました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、邑智郡に川本村・川下村・三原村・三谷村・祖式村が、邇摩郡に大家村・八代村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1927年4月1日昭和2年邑智郡川本村が町制を施行し、川本町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  3. 1947年8月1日昭和22年邇摩郡八代村の一部(大字北佐木)が邑智郡三原村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  4. 1947年11月15日昭和22年邇摩郡の大家村と八代村が合併し、大代村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  5. 1950年4月1日昭和25年邑智郡川下村の一部(字坂本)が川越村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  6. 1955年4月1日昭和30年邑智郡の川本町・川下村・三原村・三谷村と邇摩郡大代村が合併し、改めて邑智郡川本町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  7. 1956年9月30日昭和31年邑智郡祖式村の一部(大字川内・小谷・馬野原)が川本町に編入され、大字祖式は大田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  8. 1957年12月31日昭和32年川本町の一部(大字新屋・大家本郷)が大田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川本村→川本町1889〜今
祖式村1889〜1956
三谷村1889〜1955
川下村1889〜1955
三原村1889〜1955
八代村1889〜1947
大代村1947〜1955
大家村1889〜1947

参考にした資料