今の益田市
島根県西部の石見地方にあり、北は日本海に面し、南には中国山地が続きます。中心部は高津川と益田川の間の狭い氾濫原に広がります。山口県と広島県に接し、山陰と山陽を結ぶ交通の要衝です。2004年に合併した美都・匹見は、ほとんどが山林で、1,000メートル級の山が連なります。豪雨でたびたび被害を受けてきた地域です。
今の益田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で45,003人です。今の区域で数えた1980年の59,040人とくらべると23.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.4%です。
主な産業:メロン・トマト・ワサビの栽培、アユやモクズガニの漁、繊維・電子部品の製造が行われています。
特産品・名産
- 高津川のアユ高津川で漁獲されるアユ
- ツガニモクズガニ。益田付近の呼び名
- 鶏卵饅頭市内で作られる銘菓
見どころ・祭り
- 七尾城(益田城)国の史跡
- 宮ヶ島と衣毘須神社日本のタイダル・アイランドの一つ
- 島根県芸術文化センター グラントワ2005年に開館した文化施設
- 蟠龍湖周囲が県立公園として整備された人工の池
木ケヤキ花スイセン益田市の木・花
益田市のなりたち
益田市(ますだし)は、島根県石見の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、21の町村がありました。吉田村・高津村・北仙道村・安田村・小野村・豊川村・中西村・豊田村・高城村・二川村・都茂村・東仙道村・道川村・匹見下村・匹見上村・鎌手村・種村・美濃村・真砂村・二条村・益田町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の益田市になりました。
今の名前「益田市」は、1920年にあった益田町の名前を受け継いでいます。ほかの20の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は美濃郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、美濃郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。
「益田市」という名前
「益田」の名は、平安時代の『和名類聚抄』に益田郷として見え、「末須太(ますだ)」と読みが記されています。江戸時代の地誌『石見八重葎』には「真田」「舛田」とも書かれ、あたり一帯がよい田であったことに由来するといわれます。平安時代の終わりに益田荘が開かれると、その荘官となった一族が益田氏を名のり、この地を本拠にしました。
まちの成り立ち
益田は、中世に益田氏が本拠を置いたところで、七尾城や萬福寺・医光寺の庭園など、そのころの歴史が多く残ります。画家の雪舟が訪れ、この地で亡くなったともいわれます。江戸時代には浜田藩と津和野藩に分かれて治められました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、美濃郡に益田町と20の村が発足しました。高津村は1922年(大正11年)、吉田村は1934年(昭和9年)に町となります。1941年(昭和16年)2月11日、益田町・高津町・吉田町が合わさって石見町が生まれ、1943年(昭和18年)に益田町と名を改めました。1952年(昭和27年)8月1日、益田町と安田村・北仙道村・豊川村・豊田村・高城村・小野村・中西村が合わさって市制を施行し、益田市が発足しました。1955年(昭和30年)3月25日には鎌手村・種村・真砂村・二条村・美濃村を編入しています。山あいでは1954年に美都村、1955年に匹見村が生まれ、それぞれ1957年と1956年に町となりました。2004年(平成16年)11月1日に美都町と匹見町を編入し、美濃郡はなくなりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、美濃郡に益田町と安田村・鎌手村・種村・北仙道村・東仙道村・都茂村・二川村・道川村・匹見上村・匹見下村・真砂村・豊川村・豊田村・高城村・二条村・美濃村・小野村・中西村・高津村・吉田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1922年10月1日大正11年美濃郡高津村が町制を施行し、高津町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1934年7月1日昭和9年美濃郡吉田村が町制を施行し、吉田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1941年2月11日昭和16年美濃郡の益田町・高津町・吉田町が合併し、石見町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1943年7月1日昭和18年美濃郡石見町が益田町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1951年4月1日昭和26年美濃郡匹見下村の一部(大字落合と広瀬の一部)が匹見上村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1952年8月1日昭和27年美濃郡の益田町・安田村・北仙道村・豊川村・豊田村・高城村・小野村・中西村が合併し、市制を施行して益田市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年美濃郡の東仙道村・都茂村・二川村が合併し、美都村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年美濃郡の匹見上村・匹見下村・道川村が合併し、匹見村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1955年3月25日昭和30年美濃郡の鎌手村・種村・真砂村・二条村・美濃村が益田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1956年4月1日昭和31年美濃郡匹見村が町制を施行し、匹見町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 1957年4月1日昭和32年美濃郡美都村が町制を施行し、美都町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
- 2004年11月1日平成16年美濃郡の美都町と匹見町が益田市に編入され、美濃郡はなくなった。種類:編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。