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奥出雲町おくいずもちょう

1920年には9の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の奥出雲町になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の奥出雲町

島根県の東部にある山間の町です。中国山地の起伏の緩やかな山地が多く、横田・馬木・亀嵩・阿井などには広い盆地が開けています。町全体が豪雪地帯で、斐伊川の源流部にあたります。出雲地域の最高峰の猿政山(1,267メートル)があります。砂鉄を使ったたたら製鉄が盛んで、その跡地は棚田に作り替えられ、重要文化的景観に選ばれています。

今の奥出雲町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,849人です。今の区域で数えた1980年の19,057人とくらべると37.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.1%です。

11,849人人口(2020年)
−37.8%1980年からの増減
368.01km²面積(国土地理院)
32人/km²人口密度
44.1%65歳以上の割合
19,0571980199020052020
15歳未満 10.0%15〜64歳 45.9%65歳以上 44.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:仁多米・しまね和牛・出雲そば・シイタケなどの農産物と、雲州そろばんなどの工芸品があります。

特産品・名産

  • 仁多米町の産業として挙がる米
  • しまね和牛名物・特産品として挙がる
  • 雲州そろばん工芸品として挙がる

見どころ・祭り

  • 日刀保たたら日本刀の原料の玉鋼を作るたたら
  • 奥出雲たたら製鉄及び棚田の文化的景観2014年に重要文化的景観に選定
  • 絲原記念館絲原家居宅と国の名勝の庭園

木もみじ花しゃくなげ奥出雲町の木・花

奥出雲町のなりたち

奥出雲町(おくいずもちょう)は、島根県出雲の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。布勢村・亀嵩村・三沢村・三成村・阿井村・鳥上村・八川村・馬木村・横田村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の奥出雲町になりました。

今の名前「奥出雲町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の阿井村が約72km²だったのに対し、今の奥出雲町は約364km²と、およそ5.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は仁多郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧亀嵩村の区域には亀嵩駅(木次線)があります。旧八川村の区域には八川駅(木次線)があります。

91920年の町村の数
4回合併・編入の回数
368km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「奥出雲町」という名前

「奥出雲」は、2005年(平成17年)に仁多町と横田町が合わさったときにつけられた名です。「奥」には奥まった土地という感じがある一方で、緑豊かな自然にいやされるイメージがあり、町の柱である農業や林業の産物にふさわしい、安心で安全な響きがあるとされました。出雲地方の奥の山あい、斐伊川の源流にある町を表す名です。

まちの成り立ち

奥出雲町のあたりは、『出雲国風土記』に三処郷・布勢郷・三沢郷・横田郷として名が見え、スサノオやヤマタノオロチの神話の舞台ともされます。風土記にはすでに鉄がとれることが記され、明治の初めまで、砂鉄を使うたたら製鉄の国内有数の産地として栄えました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、仁多郡に横田村・三成村など9つの村が発足しました。1941年(昭和16年)7月1日には三成村と横田村が町となりました。1955年(昭和30年)4月15日、布勢村・三成町・亀嵩村・阿井村・三沢村が合わさって仁多町が生まれました。1957年(昭和32年)9月20日には、横田町・鳥上村・八川村・馬木村が合わさって斐上町が生まれ、翌年11月1日に横田町と名を改めました。2005年(平成17年)3月31日、仁多町と横田町が合併して奥出雲町が発足しました。2014年(平成26年)には、たたら製鉄の跡と棚田の広がる景色が「奥出雲たたら製鉄及び棚田の文化的景観」として重要文化的景観に選ばれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、仁多郡に布勢村・亀嵩村・横田村・馬木村・三沢村・三成村・鳥上村・八川村・阿井村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1941年7月1日昭和16年仁多郡の三成村と横田村が町制を施行し、三成町・横田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  3. 1953年12月1日昭和28年広島県比婆郡八鉾村の一部(大字油木字三井野の一部)が仁多郡八川村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  4. 1955年4月15日昭和30年仁多郡の布勢村・三成町・亀嵩村・阿井村・三沢村が合併し、仁多町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  5. 1957年9月20日昭和32年仁多郡の鳥上村・横田町・八川村・馬木村が合併し、斐上町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  6. 1958年11月1日昭和33年仁多郡斐上町が横田町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.shimane.lg.jp
  7. 2005年3月31日平成17年仁多郡の仁多町と横田町が合併し、奥出雲町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.shimane.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

奥出雲町2005〜今
横田村→横田町1889〜2005
鳥上村1889〜1957
八川村1889〜1957同じ名前の駅:八川駅
馬木村1889〜1957
仁多町1955〜2005
布勢村1889〜1955
亀嵩村1889〜1955同じ名前の駅:亀嵩駅
三沢村1889〜1955
三成村→三成町1889〜1955
阿井村1889〜1955

参考にした資料