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草加市そうかし

1920年には6の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の草加市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の草加市

埼玉県南東部にあり、東京都に接するまちです。日光街道の草加宿を背景に市街地が育ち、東武鉄道と地下鉄の直通運転や松原団地の造成によって住宅地が広がりました。綾瀬川沿いの草加松原には松並木が残り、宿場の歴史を伝えています。市の木はマツ、市の花はキクです。谷塚や新田などの地域には、合併前の町村の名前も引き継がれています。

今の草加市の区域の人口は、2020年の国勢調査で248,304人です。今の区域で数えた1980年の186,618人とくらべると33.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.8%です。

248,304人人口(2020年)
+33.1%1980年からの増減
27.46km²面積(国土地理院)
9,042人/km²人口密度
24.8%65歳以上の割合
248,3041980199020052020
15歳未満 11.7%15〜64歳 63.4%65歳以上 24.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:草加せんべい、皮革製品、ゆかた染めの三つの地場産業を受け継いでいます。

特産品・名産

  • 草加せんべい米としょうゆを使う焼きせんべい
  • 皮革製品かばんや靴などに使われる地場製品
  • ゆかた染め市内に受け継がれる染色の技

見どころ・祭り

  • 草加松原国の名勝に指定された綾瀬川沿いの松並木
  • 札場河岸公園舟着き場の石段を復元した河畔の公園
  • 歴史民俗資料館国の登録有形文化財となっている建物

木マツ花キク草加市の木・花

草加市のなりたち

草加市(そうかし)は、埼玉県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。新田村・谷塚村・川柳村・安行村・八條村・草加町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の草加市になりました。

今の名前「草加市」は、1920年にあった草加町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の草加町が約7km²だったのに対し、今の草加市は約27km²と、およそ4.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡・南埼玉郡に属していました。

61920年の町村の数
3回合併・編入の回数
27km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「草加市」という名前

「草加」の地名には、低湿地に草を加えて道をつくったことから生まれたという説があります。日光街道の草加宿として知られた名は、1889年の草加町、1955年の合併で発足した新しい草加町に引き継がれました。1958年の市制施行で「草加市」となり、宿場から続く地名が現在の市名になっています。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制で、宿場と周辺の村々をまとめた草加町が発足しました。現在の市域には、谷塚村・新田村・川柳村・八條村・安行村につながる地域も含まれています。1940年11月23日、谷塚村は町制を施行して谷塚町となりました。

1955年1月1日、草加町・谷塚町・新田村の2町1村が新設合併し、新しい草加町が生まれました。同年8月には川柳村を編入しましたが、11月にはそのうち伊原・上谷・麦塚が越谷町へ移っています。1956年には八條村の立野堀を編入しました。残る八條村の地域は八潮村の一部になっています。1957年には川口市から花栗・苗塚と、北谷・原・小山の全部または一部が加わりました。

1958年11月1日、草加町が市制を施行しました。1962年の東武鉄道と地下鉄日比谷線の相互乗り入れ、松原団地の造成を背景に、市街地が広がりました。谷塚や新田などの名前は、駅名や地域の呼び名に残っています。宿場を中心とする町に周辺の農村地域が加わり、東京に近い住宅都市へと姿を変えました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、草加町・谷塚村・新田村・川柳村・八條村・安行村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1940年11月23日昭和15年谷塚村が町制を施行し、谷塚町となった。種類:町制施行 出典:www.city.soka.saitama.jp
  3. 1955年1月1日昭和30年草加町・谷塚町・新田村が合併し、新たな草加町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  4. 1955年8月1日昭和30年川柳村が草加町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  5. 1955年11月3日昭和30年草加町の伊原・上谷・麦塚が越谷町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  6. 1956年4月1日昭和31年安行村が川口市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1956年9月28日昭和31年八條村の立野堀が草加町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
  8. 1957年5月1日昭和32年川口市の花栗・苗塚・北谷・原・小山の全部または一部が草加町に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.soka.saitama.jp
  9. 1958年11月1日昭和33年草加町が市制を施行し、草加市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

草加町→草加市1889〜今
八條村→八条村1889〜1956
安行村1889〜1956
川柳村1889〜1955
新田村1889〜1955
谷塚村→谷塚町1889〜1955

参考にした資料