今の三郷市
埼玉県の東南端にあり、江戸川と中川の間に広がるまちです。地形は低平で、川が運んだ土砂によってできた平野に位置します。東京都に近い立地を背景に、住宅地や工場、商業施設が広がりました。武蔵野線やつくばエクスプレスが通り、鉄道による交通の便も整っています。彦成や早稲田などの地域名には、三村合併の前の農村の歴史が引き継がれています。
今の三郷市の区域の人口は、2020年の国勢調査で142,145人です。今の区域で数えた1980年の98,223人とくらべると44.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は27.5%です。
主な産業:小松菜などの都市近郊農業と、地元産品を生かす菓子づくりが盛んです。
特産品・名産
- 小松菜学校給食にも使われる代表的な農産物
- 小松菜せんべい小松菜を生地に練り込んだ煎餅
- みさと友歩道リンゴ・梅・小倉の餡を包んだパイ菓子
見どころ・祭り
- みさと公園小合溜井に沿う水と緑の公園
- 早稲田公園春の桜と夏季のプールを楽しめる公園
- におどり公園三郷中央駅前にあるイベントの会場
木シイノキ花サツキ鳥カイツブリ三郷市の木・花・鳥
三郷市のなりたち
三郷市(みさとし)は、埼玉県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。八木郷村・戸ケ崎村・早稲田村・彦成村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の三郷市になりました。
今の名前「三郷市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の彦成村が約10km²だったのに対し、今の三郷市は約30km²と、およそ3.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北葛飾郡に属していました。
「三郷市」という名前
「三郷」は、1956年に東和村・彦成村・早稲田村が合併したときに選ばれた名前です。「三」は合併した三つの村、「郷」は古くからの地域名である二郷半領にちなむとされています。新しい村は三郷村と名づけられ、町制、市制の際にもこの名前を引き継ぎました。市章にも三つの「サ」と「ト」が図案化され、三村がまとまった歴史を表しています。
まちの成り立ち
1889年4月1日の町村制で、現在の市域にあった村々は彦成村・早稲田村・戸ヶ崎村・八木郷村の4村にまとまりました。江戸川と中川にはさまれた低平な土地には、農村や新田が広がっていました。1943年7月1日、戸ヶ崎村と八木郷村が合併して東和村となり、市域の前身は3村になりました。
昭和の大合併では彦成村・早稲田村・東和村が協議を進め、1956年9月30日に新設合併して三郷村が生まれました。東京に近い地域では高度経済成長に伴って宅地化が進み、工場や商店も増えました。合併から8年後の1964年10月1日には町制を施行し、三郷町となりました。
鉄道や高速道路、大規模団地の建設計画が続くなか、1972年5月3日に市制を施行しました。翌1973年には武蔵野線が開通し、交通の条件も変わりました。彦成、早稲田、戸ヶ崎、八木郷の名前は、地区や学校などに受け継がれています。現在の三郷市は、明治の4村から東和村の成立、三村合併を経て、東京近郊の都市として発展してきたまちです。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、彦成村・早稲田村・戸ヶ崎村・八木郷村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.misato.lg.jp
- 1943年7月1日昭和18年戸ヶ崎村と八木郷村が合併し、東和村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.city.misato.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年東和村・彦成村・早稲田村が合併し、三郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1964年10月1日昭和39年三郷村が町制を施行し、三郷町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1972年5月3日昭和47年三郷町が市制を施行し、三郷市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。