今の八潮市
埼玉県南東部に位置し、東京都足立区・葛飾区に接するまちです。中川や綾瀬川などに囲まれた低地で、川と農地を背景に発展しました。高度経済成長期には工場や住宅地が広がり、つくばエクスプレス八潮駅の開業によって駅周辺の市街地も整備されました。八條・八幡・潮止の三村にちなむ市名とともに、地域の名前にも合併前の歴史が残っています。
今の八潮市の区域の人口は、2020年の国勢調査で93,363人です。今の区域で数えた1980年の62,734人とくらべると48.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.3%です。
主な産業:小松菜や枝豆など、やしおの八つの野菜を育てる農業が営まれています。
特産品・名産
- 小松菜昭和30年代から栽培される市の主要野菜
- 枝豆やしおの八つの野菜に選ばれた農産物
- 天王寺かぶやしおの八つの野菜に選ばれたかぶ
見どころ・祭り
- 中川やしおフラワーパーク中川河川敷に四季の花が咲く公園
- 八潮市立資料館八潮の歴史や暮らしを紹介する資料館
- 中川やしお水辺の楽校水辺のまわりを散策できる施設
木イチョウ花クチナシ・ハナモモ鳥ハクセキレイ八潮市の木・花・鳥
八潮市のなりたち
八潮市(やしおし)は、埼玉県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。八條村・八幡村・潮止村です。
今の名前「八潮市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の潮止村が約7km²だったのに対し、今の八潮市は約18km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南埼玉郡に属していました。
「八潮市」という名前
「八潮」は、合併前の八條村・八幡村・潮止村の名前から生まれた合成地名です。二つの村に共通する「八」と、潮止村の「潮」を組み合わせています。三村の合併協議では、八條村の立野堀を分離することとともに、この新村名で合意しました。1956年に八潮村が発足し、1964年の町制、1972年の市制を経ても名前を引き継いでいます。
まちの成り立ち
1889年の町村制で、現在の市域には八條村・八幡村・潮止村が成立しました。江戸時代の村々をまとめていた連合戸長役場の区域を引き継ぎ、松之木村連合は八條村、上馬場村連合は八幡村、伊勢野村連合は潮止村になりました。川沿いの低地では農業が営まれ、近代には原料の土と水運を利用した煉瓦工場も進出しました。
昭和の大合併では、三村の協議がすぐにはまとまりませんでした。八條村の立野堀を草加町へ分け、新村名を三村の頭文字から「八潮」とすることで合意しました。1956年9月28日、八幡村・潮止村と八條村の残る地域が合併し、八潮村が発足しました。
高度経済成長期には東京に近い立地から工場が進出し、住宅地も広がりました。1964年10月1日に町制、1972年1月15日に市制を施行しています。2005年にはつくばエクスプレスの八潮駅が開業し、駅周辺の市街地が整備されました。川の水運や農地を背景とした三つの村が、工業と住宅地の広がる一つの市へと変わりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、八條村・八幡村・潮止村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.yashio.lg.jp
- 1956年9月28日昭和31年八條村の立野堀が草加町に編入され、残る地域は八幡村・潮止村と合併して八潮村となった。種類:分割 出典:www.city.yashio.lg.jp
- 1964年10月1日昭和39年八潮村が町制を施行し、八潮町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1972年1月15日昭和47年八潮町が市制を施行し、八潮市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。