佐賀県 › 佐賀市

佐賀市さがし

1920年には28の町村だった区域が、12回の合併・編入を経て、今の佐賀市になりました。

28町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の佐賀市

今の佐賀市の区域の人口は、2020年の国勢調査で233,301人です。今の区域で数えた1980年の236,029人とくらべると1.2%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は28.9%です。

233,301人人口(2020年)
−1.2%1980年からの増減
431.81km²面積(国土地理院)
540人/km²人口密度
28.9%65歳以上の割合
246,6741980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 57.7%65歳以上 28.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

佐賀市のなりたち

佐賀市(さがし)は、佐賀県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、28の町村がありました。神野村・南川副村・高木瀬村・兵庫村・巨勢村・嘉瀬村・西与賀村・久保泉村・金立村・鍋島村・北川副村・本庄村・東川副村・新北村・中川副村・大詫間村・松梅村・春日村・川上村・蓮池村・西川副村・北山村・小関村・南山村・三瀬村・久保田村・東与賀村・佐賀市です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の佐賀市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1922年(大正11年)10月1日に神野村が、佐賀市と一つになりました。1935年(昭和10年)11月3日に蓮池村が町になり、蓮池町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに蓮池町が、佐賀市と一つになりました。1953年(昭和28年)4月1日に南川副村が合わさって、川副町が生まれました。1954年(昭和29年)3月31日に高木瀬村・兵庫村・巨勢村・嘉瀬村・西与賀村が、佐賀市と一つになりました。1954年(昭和29年)10月1日に久保泉村・金立村・鍋島村・北川副村・本庄村が、佐賀市と一つになりました。1955年(昭和30年)3月1日に東川副村・新北村が合わさって、諸富町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に中川副村・大詫間村が、川副町と一つになりました。1955年(昭和30年)4月16日に松梅村・春日村・川上村が合わさって、大和町が生まれました。1956年(昭和31年)9月30日に西川副村が、川副町と一つになりました。1956年(昭和31年)9月30日に北山村・小関村・南山村が合わさって、富士町が生まれました。1958年ごろに大和村が町になり、大和町となりました(町制施行)。この時期だけで10回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1966年(昭和41年)10月1日に東与賀村が町になり、東与賀町となりました(町制施行)。1967年(昭和42年)4月1日に久保田村が町になり、久保田町となりました(町制施行)。1968年ごろに富士村が町になり、富士町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)10月1日に三瀬村・大和町・諸富町・富士町が合わさって、佐賀市が生まれました。2007年(平成19年)10月1日に久保田町・東与賀町・川副町が、佐賀市に入りました(編入)。

今の名前「佐賀市」は、1920年にあった佐賀市の名前を受け継いでいます。ほかの27の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は佐賀郡・小城郡・神埼郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、佐賀郡は2007年(平成19年)10月1日に廃止されました、小城郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧鍋島村の区域には鍋島駅(長崎本線)があります。旧久保田村の区域には久保田駅(唐津線)があります。

281920年の町村の数
12回合併・編入の回数
432km²今の面積
2007年いちばん新しい合併

年表

  1. 1922年10月1日大正11年神野村が、佐賀市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1935年11月3日昭和10年蓮池村が町になり、蓮池町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ蓮池町が、佐賀市と一つになった
  4. 1953年4月1日昭和28年南川副村が合わさって、川副町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1954年3月31日昭和29年高木瀬村・兵庫村・巨勢村・嘉瀬村・西与賀村が、佐賀市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  6. 1954年10月1日昭和29年久保泉村・金立村・鍋島村・北川副村・本庄村が、佐賀市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  7. 1955年3月1日昭和30年東川副村・新北村が合わさって、諸富町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  8. 1955年4月1日昭和30年中川副村・大詫間村が、川副町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  9. 1955年4月16日昭和30年松梅村・春日村・川上村が合わさって、大和町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  10. 1956年9月30日昭和31年西川副村が、川副町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  11. 1956年9月30日昭和31年北山村・小関村・南山村が合わさって、富士町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  12. 1958年ごろ1955〜1960年のあいだ大和村が町になり、大和町となった(町制施行)
  13. 1966年10月1日昭和41年東与賀村が町になり、東与賀町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  14. 1967年4月1日昭和42年久保田村が町になり、久保田町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  15. 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ富士村が町になり、富士町となった(町制施行)
  16. 2005年10月1日平成17年三瀬村・大和町・諸富町・富士町が合わさって、佐賀市が生まれたe-Stat「佐賀市(41201)、諸富町(41301)、大和町(41305)、富士町(41306)、三瀬村(41326)が合併し、佐賀市を新設」
  17. 2007年10月1日平成19年久保田町・東与賀町・川副町が、佐賀市に入った(編入)e-Stat「川副町(41302)、東与賀町(41303)、久保田町(41304)が佐賀市(41201)に編入 佐賀郡(41300)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

佐賀市1889〜今
久保田村→久保田町1889〜2007同じ名前の駅:久保田駅
東与賀村→東与賀町1889〜2007
川副町1953〜2007
西川副村1889〜1956
中川副村1889〜1955
大詫間村1889〜1955
南川副村1889〜1953
三瀬村1889〜2005
大和村→大和町1955〜2005
松梅村1889〜1955
春日村1889〜1955
川上村1889〜1955
諸富町1955〜2005同じ名前の駅:諸富駅
東川副村1889〜1955
新北村1889〜1955
富士村→富士町1956〜2005
北山村1889〜1956
小関村1889〜1956
南山村1889〜1956
蓮池村→蓮池町1889〜1955
久保泉村1889〜1954
金立村1889〜1954
鍋島村1889〜1954同じ名前の駅:鍋島駅
北川副村1889〜1954
本庄村1889〜1954
高木瀬村1889〜1954
兵庫村1889〜1954
巨勢村1899〜1954
嘉瀬村1889〜1954
西与賀村1889〜1954
神野村1889〜1922