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多久市たくし

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の多久市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の多久市

今の多久市の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,295人です。今の区域で数えた1980年の25,636人とくらべると28.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.9%です。

18,295人人口(2020年)
−28.6%1980年からの増減
96.56km²面積(国土地理院)
189人/km²人口密度
36.9%65歳以上の割合
25,8311980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 51.5%65歳以上 36.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

多久市のなりたち

多久市(たくし)は、佐賀県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。東多久村・西多久村・南多久村・北多久村・多久村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の多久市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1949年(昭和24年)4月1日に北多久村が町になり、北多久町となりました(町制施行)。1953年ごろに北多久町が、多久村と一つになりました。1954年(昭和29年)5月1日に東多久村・西多久村・南多久村が、多久村と一つになり、多久市となりました。1954年(昭和29年)5月1日に多久村が市になり、多久市となりました(市制施行)。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

今の名前「多久市」は、1920年にあった多久村の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の多久村が約16km²だったのに対し、今の多久市は約93km²と、およそ5.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は小城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、小城郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧東多久村の区域には東多久駅(唐津線)があります。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
97km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

年表

  1. 1949年4月1日昭和24年北多久村が町になり、北多久町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ北多久町が、多久村と一つになった
  3. 1954年5月1日昭和29年東多久村・西多久村・南多久村が、多久村と一つになり、多久市となった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1954年5月1日昭和29年多久村が市になり、多久市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

多久村→多久市1889〜今
北多久村→北多久町1889〜1955
東多久村1889〜1954同じ名前の駅:東多久駅
西多久村1889〜1954
南多久村1889〜1954