今の江北町
今の江北町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,566人です。今の区域で数えた1980年の9,732人とくらべると1.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は28.6%です。
9,566人人口(2020年)
−1.7%1980年からの増減
24.88km²面積(国土地理院)
384人/km²人口密度
28.6%65歳以上の割合
15歳未満 15.1%15〜64歳 56.3%65歳以上 28.6%
江北町のなりたち
江北町(こうほくまち)は、佐賀県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。山口村・小田村・佐留志村・砥川村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の江北町になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1932年(昭和7年)4月1日に山口村・小田村・佐留志村が合わさって、江北町が生まれました。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに江北村が町になり、江北町となりました(町制施行)。1956年(昭和31年)9月30日に砥川村の一部が、江北町に入りました。
今の名前「江北町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の山口村が約9km²だったのに対し、今の江北町は約24km²と、およそ2.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は小城郡・杵島郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、小城郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。
41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
25km²今の面積
1956年いちばん新しい合併
年表
- 1932年4月1日昭和7年山口村・小田村・佐留志村が合わさって、江北町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ江北村が町になり、江北町となった(町制施行)
- 1956年9月30日昭和31年砥川村の一部が、江北町に入った出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
江北村→江北町1932〜今
砥川村1889〜1956
山口村1889〜1932
小田村1889〜1932
佐留志村1889〜1932