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吉野ヶ里町よしのがりちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の吉野ヶ里町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の吉野ヶ里町

今の吉野ヶ里町の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,323人です。今の区域で数えた1980年の8,859人とくらべると84.3%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は24.6%です。

16,323人人口(2020年)
+84.3%1980年からの増減
43.99km²面積(国土地理院)
371人/km²人口密度
24.6%65歳以上の割合
16,4111980199020052020
15歳未満 15.0%15〜64歳 60.4%65歳以上 24.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

吉野ヶ里町のなりたち

吉野ヶ里町(よしのがりちょう)は、佐賀県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。東脊振村・三田川村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の吉野ヶ里町になりました。

その後、1965年(昭和40年)4月1日に三田川村が町になり、三田川町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2003年ごろに東脊振村が、名前を東背振村に変えました。2006年(平成18年)3月1日に東背振村・三田川町が合わさって、吉野ヶ里町が生まれました。

今の名前「吉野ヶ里町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は神埼郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧三田川村の区域には三田川駅(長崎本線)があります。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
44km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

年表

  1. 1965年4月1日昭和40年三田川村が町になり、三田川町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 2003年ごろ2000〜2006年のあいだ東脊振村が、名前を東背振村に変えた
  3. 2006年3月1日平成18年東背振村・三田川町が合わさって、吉野ヶ里町が生まれたe-Stat「三田川町(41323)、東脊振村(41324)が合併し、吉野ヶ里町(41327)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

吉野ヶ里町2006〜今
東脊振村→東背振村1889〜2006
三田川村→三田川町1889〜2006同じ名前の駅:三田川駅