今の加美町
宮城県北西部、大崎地方に属する町です。北から東は大崎市、南は色麻町に接し、西は奥羽山脈を隔てて山形県に接します。船形山や薬萊山などの山があり、鳴瀬川と田川が流れます。内陸型の気候で寒暖差が大きく、旧小野田町と旧宮崎町は豪雪地帯です。旧中新田町には音楽ホールの中新田バッハホールがあります。
今の加美町の区域の人口は、2020年の国勢調査で21,943人です。今の区域で数えた1980年の30,996人とくらべると29.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.1%です。
主な産業:稲作と畜産の複合経営の農業と、観光業が中心です。
特産品・名産
- やくらい高原だいこん薬萊山のすそ野で育つ代表的な野菜
- 加美よつば米町で作られる米
- 山菜・きのこタラの芽やワラビなどの山の幸
見どころ・祭り
- 薬萊山加美富士とも呼ばれる山
- 中新田バッハホール旧中新田町の音楽ホール
- 荒沢の滝町内の滝
- 松本家住宅国の重要文化財
- あゆの里中央公園町内の公園
木ブナ花ミズバショウ鳥キジ加美町の木・花・鳥
加美町のなりたち
加美町(かみまち)は、宮城県大崎地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。賀美石村・広原村・鳴瀬村・宮崎村・小野田村・中新田町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の加美町になりました。
今の名前「加美町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の小野田村が約228km²だったのに対し、今の加美町は約476km²と、およそ2.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は加美郡に属していました。
「加美町」という名前
町名は、旧加美郡の名にちなみます。加美郡は、奈良時代の『続日本紀』には賀美郡と記されていました。その後、色麻郡を併せ、江戸時代に賀美郡から加美郡に改められました。2003年(平成15年)に中新田町、小野田町、宮崎町が合併したとき、郡名の「加美」が町名になりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、今の町域に中新田町・広原村・鳴瀬村・小野田村・宮崎村・賀美石村が発足しました。1943年(昭和18年)2月11日に小野田村が町制を施行して小野田町になりました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)7月1日に宮崎村と賀美石村が合併して宮崎町に、同じ年の8月1日に中新田町・広原村・鳴瀬村が合併して新しい中新田町になりました。
2003年(平成15年)4月1日、中新田町・小野田町・宮崎町の3町が新設合併して、加美町が発足しました。はじめは色麻町を含む加美郡の4町で「加美市」をつくる予定でしたが、色麻町が合併協議会から離れたため、市になるための条件を満たせなくなりました。当時の宮城県の条例では3町の合併では「村」となるおそれもありましたが、条例が改められ、町として発足しました。
町の西は奥羽山脈で、船形山や薬萊山などの山があり、鳴瀬川と田川が流れます。旧中新田町には中新田バッハホールがあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、加美郡に中新田町・鳴瀬村・広原村・賀美石村・小野田村・宮崎村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1943年2月11日昭和18年加美郡小野田村が町制を施行して小野田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年加美郡の宮崎村と賀美石村が合併して宮崎町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年8月1日昭和29年加美郡の中新田町・鳴瀬村・広原村が合併し、改めて中新田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2003年4月1日平成15年加美郡の中新田町・小野田町・宮崎町が合併して加美町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.miyagi.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。